松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。
思い切ってなんでも言ったらいいさ、惚れてますとか、好きですとか。
その他のちょっと良いセリフ
いろんなことがあって
だんだんほんとうの夫婦になるんだよ

「早春 」より
数年前に幼い息子を病気で亡くして以来、倦怠期を迎えていたサラリーマンの正二(池辺良)と昌子(淡島千景)の夫婦は、正二が女友達・キンギョこと千代(岸恵子)の積極的な誘惑に負け、犯してしまった一晩の過ちが発覚し、夫婦関係の危機を迎えていました。最初はとぼけて煙に巻く正二でしたが、怒りのあまり家を出たきり戻らない昌子の強硬な姿勢に、焦りと反省、贖罪の気持ちで心がいっぱいになります。そんな中、東京から遠く岡山の山間地へと転勤を命じられていた正二の引っ越しの日が近づきます。結局引っ越し当日になっても昌子は戻らず、独りさびしく旅立った正二は、旅の途中、転勤で琵琶湖畔に住まう会社の先輩・小野寺(笠智衆)を訪ねます。
このセリフは、正二と昌子の結婚の仲人を務め、ふたりをよく知る小野寺が、正二にしみじみと、噛んで含めるように言った一言です。悪行は、開き直ったり、ましてや繰り返すなど論外です。素直に謝り、猛省すること。諍いの火種はまだ小さいうちに、取り返しのつくうちに歩み寄って消すこと。それでも色んな摩擦が起きるかもしれないし、負った心の傷は消えないかもしれないが、それを乗り越えることが夫婦をより強靭な関係に導いてくれること。負った心の傷は、完全には消えません。ただ、それでも心から謝り、誠意を示すこと。また可能な限り許そうと努力すること。そうして至った再生が、夫婦愛の成熟したかたちなのではないか?人生の先輩の含蓄が、味わい深く心に沁みます。
燭台はこの人が盗んだのではなくわたしが差し上げました

「男はつらいよ 寅次郎恋愛塾(第35作)」より
長崎にて、ツキに見放され商売が全く上手くいかず、宿賃すらも事欠いたテキヤ仲間で悪友のポンシュウが、転売しようと教会に侵入し燭台を盗みます。現場を目撃され、警察のお縄となったポンシュウですが、教会の神父が警察に証言したこの言葉によって釈放されます。その後、心を入れ替え、神父に恩返しすべく教会で働くポンシュウ。
これまで幾度となく映画化されている、かの文豪ヴィクトル・ユーゴーの名作『レ・ミゼラブル』の名エピソードを華麗に引用したこのセリフは、『男はつらいよ』シリーズで一貫して描かれている、市井の人々の「寛容」と「善意」、そして「博愛」を象徴するセリフでもあります。
春になっとね 見渡す限り緑になって 花がいっぱい咲いて
牛がモリモリ草を食べて 乳ばドンドン出して
そん時になっと 住んどる人間もこん広か土地と 一緒に生き返ったような気がして
そん時は誰でも ああ 今年こそは何かよかことのありそうなって そう思うって
ねぇ父ちゃん そん時ば楽しみにせんば ね

「家族」より
九州は長崎県の南端に伊王島で生まれ育ち、炭鉱で働き細々と暮らす風見精一(井川比佐志)・民子(倍賞千恵子)夫婦は、炭鉱が閉山し失職、生活の糧を得るために遠く北海道は中標津の開拓村に移住し、酪農業を営むことを決断しました。
老いた父(笠智衆)と幼ない二人の子供を連れ、住みなれた島への愛惜と、前途への不安をおしての辛い旅立ちでしたが、長崎から博多、福山、万国博で賑わう大阪、東京、東北の寒村を経て北海道の玄関口・函館から東の果て根釧原野の開拓村まで日本列島縦断3000キロの長旅は、想像を遥かに絶する過酷な道行となってしまいました。
わずか数日の間に、幼い愛娘と老いた父親を失い、5人が3人となってしまった家族。夫婦は憔悴し、悲しみと絶望、そして北海道の過酷な冬の厳しさと未知の酪農にうちひしがれます。そして、生活のためとはいえ、この決断をくだしたせいで家族の二人の命を失うことになった自分を責め立てる精一。
このセリフは、そんな夫に対して、自分も同じぐらい悲しみの淵に追い込まれていながらも、妻がかけた励ましの言葉です。あまりに辛く厳しい出来事に見舞われても、それを耐え忍べば必ず運命は好転する。やがて冬は終わり、あらゆる生命力があふれる、美しくも力強い春がやって来る。人生の様々な苦境を前にした際に、胸にしたい言葉です。
“世間”って誰?どこの誰のこと?
そんな顔も見えない人たちのことなんてどうでもいい
私は自分の物差しで生きるの

「人間失格 太宰治と3人の女たち」より
妻子ある新進気鋭の小説家・太宰治(小栗旬)との不倫の挙句に子を身ごもった太田静子(沢尻エリカ)による、世間体を前面に押し出して不倫を非難・叱責する弟(千葉雄大)に対しての開き直った反論でもあり、自分の信条や生き方の肯定でもあるセリフ。
たった一度きりの人生、たとえ後ろ指さされようとも自分の感覚を信じて好きなように生きる、そんな高らかな自由の宣言です。
静子自身、太宰と同業の若き作家。創作に取り憑かれ優れた表現欲を持つ者が、活動の源泉として半ば代償のように常識と引き換えに背負わされる、ある種の反社会性や非道徳性。その是非はともかく、そこに恐ろしい魔力(魅力)があることは確かです。
おてんとうさまは見ているぜ
生き延びるため、時には長きものにも巻がれなければならぬ!
ゆっくり知っていけばいいさ。夫婦なんだから
幸せは希望の向こう側にある。

「大怪獣のあとしまつ」より
人類を未曽有の恐怖に陥れた大怪獣が、ある日突然、死にました。国民は歓喜に沸き、政府は怪獣の死体に「希望」と名付け、国全体が安堵に浸ったのです。しかし、安堵も束の間、この巨大怪獣の死体が腐敗による体温上昇で徐々に膨張が進み、ガス爆発の危機が迫っていることが発覚します。大怪獣の死体が爆発し、漏れ出したガスによって周囲が汚染される事態になれば国民は混乱し、国家崩壊にもつながりかねません。そこで、絶望的な時間との闘いの中、国民の運命を懸けて死体処理という極秘ミッションを任されたのは首相直轄組織・特務隊の隊員である帯刀アラタ(山田涼介)でした。このセリフは、ほとんどインポッシブルなミッションに挑むアラタの、諦めない気持ちの力強い表明です。また、先般大怪獣が「希望」ネーミングされた事にも引っかけた、ウィットとユーモアの効いたナイス発言とも言えるでしょう。いかなる無理難題を前にし、どんなに過酷な難局にあっても、このような強い気持ちと余裕を持っていたいものです。
そうよ、人生は賭よ。
燃えるような恋をしろ。大声出してのたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような、恋をするんだよ。





