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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

そのうち良いことあるから、な

「男はつらいよ 寅次郎春の夢(第24作)」より

新市場開拓にアメリカから日本にやってきたビタミン剤のセールスマン、マイケル・ジョーダン(ハーブ・エデルマン)は、日本での飛び込み営業がことごとく上手く行かず、宿代にも事欠く窮状だったが、ひょんなことからとらやに下宿することに。一方で、常日頃からアメリカぎらいを露悪的に公言していた寅次郎(渥美清)だが、素朴で真っ直ぐな人柄のマイケルと過ごすうちに、いつしか友情が育まれていった。結局日本での商売は何一つ上手く行かず失意と自信喪失のうち母の待つアメリカに帰国することになったマイケルとの別れ際に寅次郎が贈った言葉。失敗や不運が続いても、くよくよせず気持ちを切り替え前向きに生きて行く寅次郎の生き方を象徴したセリフであり、弱った友人を励ます、温かくも力強いエールです。

その他のちょっと良いセリフ

おじさんは鈍くさいけど、世間体を気にしないしお世辞を言ったりしない。

「男はつらいよ 柴又より愛をこめて(第36作)」より

博(前田吟)、さくら(倍賞千恵子)、満男(吉岡秀隆)、諏訪家親子水入らず何気ない会話の中での、満男による寅次郎(渥美清)の人物評とも言えるセリフです。サラリーマンなど一般的な日本の社会人に必要とされる作法やしきたり、決まり事、そしてどうしようもなく生じる虚栄心のようなものが、まだ少年である満男の眼には、とても窮屈で不毛に思えており、そこから完全に自由かつ無縁に生きる寅次郎に対し、ある種の憧れを抱き始めていました。母のさくらが、寅次郎を尊敬しているのかと問うと、そこまでではないとはぐらかす満男ですが、このあと彼が煩悶しながらも少年から青年へと成長してゆく過程で、寅次郎という存在や生き方に度々助けられ、励まされ、一つの大きな指標となって行くのです。

全ての真実が、国民の安全と幸せにつながるとは限りません。

「ミッドナイトイーグル」より

日本のほぼ半分に壊滅的な打撃を与える特殊時限爆弾を積んだ米軍戦闘機が北アルプス山中に墜落。爆弾を起動させようとテロリストが戦闘機に迫り予断を許さぬ状況の中、政府に国民への真実の開示を強く求める雑誌記者(竹内結子)に対し、対策の指揮を執る内閣総理大臣(藤竜也)が諭すように述べたセリフ。真実というものが孕む二面性の負の側面、それを真実だからという理由で濫用することの危険性、真実の取り扱いには慎重な配慮が必要とされることを、端的に表現したひと言。もしこの場面で日本国民が「真実」を知らされたならば、間違いなく収集不可能な大パニックが起こっていたでしょう。

君が必要か必要でないかは社長である私が決めることなんだ。君がどんなにダメな社員であったとしても、ひょっとして必要な場合があるかもしれないでしょう。

「釣りバカ日誌7(第8作)」より

自分は会社にとって必要ではないから辞職したいと申し出たハマちゃんに、社長のスーさんが放ったセリフ。経営者はこんな視点が必要ですね。

考えたらダメっす。
取り込まれますよ。

「ミンナのウタ」より

居る(在る)はずのないモノ、すなわち見てはいけないモノを見てしまった関口と中務。当然恐れおののき狼狽する関口に対して、冷静な中務が諭した言葉です。
想定できない、想像を超えた(外れた)事象に直面すると、人は往々にしてその事そのものや原因・理由、真偽などを考えてしまい、不安や恐怖に支配され、思考も行動も不自由になってしまいます。まさに事象に「取り込まれ」るのです。
しかし、それを避けるための、自由でいるための知恵、それが「考えない」ことなのです。これは人生の様々な局面で有効な、普遍性・汎用性の高い知恵かもしれません。
さて、ここで見事な冷静さを見せた中務ですが、果たして彼らはその先で待ち受ける恐るべき異常な怪異事象の数々を、「考えない」ことで「取り込まれ」ずにいられるのでしょうか・・・

女ってね、別れるとき男が自分のために傷ついてたらバンザイなんだよ。

「時代屋の女房」より

35歳気ままな独身の安さん(渡瀬恒彦)が営む古道具屋「時代屋」に、ある日、真弓(夏目雅子)という女が現われ、その日のうちにふたりは男女の関係になり、真弓はそのまま店に居ついてしまいます。
真弓は「それ以上踏み込まないのが都会の流儀」と、自分がどういう過去の持ち主なのか語ろうとせず、安さんも「何も言わず、何も聞かずが好きだから」と、無関心が粋とばかりに、あえて聞こうとはしません。
ふらっと店を出たまましばらく帰ってこない日が続いたかと思うと、何事もなかったかのように戻ってくる真弓。恋人関係ではあるが、淡々とした、平熱に冷めたような、不思議な距離感・温度感の日々が続きます。
そしてまた彼女がいなくなりました。何度目かの失踪です。安さんには慣れたものですが、今度はいつもより長そうです。
さすがに不安になり、やきもきし、苛立ち、時に悶々とする安さん。揃いも揃って変わり者ばかりな彼の仲間たちは、同情したり、励ましたり、笑い飛ばしたり、慰めたりと様々ですが、そんな中で、ある女性が放ったひと言がこのセリフです。
言わずもがな、主語は「女」だけに限らないでしょう。非情に手前勝手な、心無い言い様ですが、妙に共感・納得できるものがあります。それは、自分を失って相手が負った心の傷が大きければ大きいほど、相手にとっての自分の存在(自分への恋慕や愛情)が大きいことに他ならないからです。自分が相対的に持ち上がるからです。
実に残酷な心情をぬけぬけとあからさまに言い表したセリフですが、老若男女問わず、人間なんてすべからくそんな生きもの、と達観したくなるような名言です。
そして、上述の、真弓の「それ以上踏み込まないのが都会の流儀」、安さんの「何も言わず、何も聞かずが好きだから」というスタイルやスタンスは、恋愛に傷つかないための防御的な知恵として、編み出されたのかもしれません。

お前、さしずめインテリだな?それじゃ余計女にモテないよ。ダメだ、あきらめな。

「男はつらいよ 翔んでる寅次郎(第23作)」より

行商先の北海道・支笏湖畔で、男(湯原昌幸)に襲われかけたひとみ(桃井かおり)を救った寅次郎(渥美清)。ひとみは田園調布の富豪令嬢で、結婚を間近かに控えていたがマリッジブルーからの現実逃避で北海道を旅していた。帰京後まもなく、結婚式を逃げ出し柴又へ寅次郎に会いに来たひとみは、とらやで暮らし始め、寅次郎との距離が縮まる。しかしそこへひとみと結婚するはずだった邦男(布施明)が度々訪れるようになり、ひとみへの執着を見せる。失恋豊富な寅次郎は邦男を慰めるが、難解な御託を並べる邦男に対して、ひとみを諦めるよう言い放った言葉。辛辣な放言に聞こえるかもしれないが、寅次郎は、容姿端麗な見た目や家柄だけではなく、意外に純朴で真っ直ぐな邦男という男の天性の魅力を理解しており、そのうえで男らしい潔さを身につけるよう示唆する、温かい言葉です。

何もかもさ。

「青春残酷物語」より

学費滞納で除籍寸前の不良大学生・清(川津祐介)は、同じく不良の女子高生・真琴(桑野みゆき)と運命的に出会う。自分の言う事に素直に従わない年下の真琴を、苛立ちを隠さず、サディスティックに、荒々しく抱いた清。粗暴に抱かれた直後、清に何に対して怒っているのか問うた真琴への、清の返答。刹那の衝動に突き動かされ無軌道に生きる、あらゆる現実や既成概念に牙を剥き、触れるものすべてを傷付けてしまう鋭利なナイフのような清を象徴するセリフ。そこには、青春特有のまだ幼い感情に根差した眩しさと瑞々しさがあふれ出ており、年と経験を重ね常識と分別を得た大人にとっては、懐かしく、羨ましく思えるかもしれない。しかし、若さは往々にして手痛い代償を支払うことになることを、二人は知ることになる…

言霊ってあるんだよ!言葉の力ってすごいんだよ!

「一度死んでみた」より

「死んでくれくそおやじ!」と常に毒づいていた父の死に戸惑う七瀬(広瀬すず)に松岡(吉沢亮)がかけた言葉。日頃何気なく使ってしまっている言葉ってあるかな?と思い返して思わずハッとしたセリフ。

生きてる?そら結構だ。

「男はつらいよ 寅次郎紅の花(第48作)」より

寅次郎(渥美清)が久しぶりにくるまやに電話すると出たのは、自分と会ったことがないどころか自分のことを知らない若い店員で、さくら(倍賞千恵子)ほか皆が出払っていると言う。店員との会話も続かず、言うに事欠いて皆が生きていることを確認した寅次郎が言い放ったセリフです。通り一遍の社交辞令のような、よくある生存確認ではありますが、寅次郎がひと安心したのは事実でした。家族、とりわけ年老いた両親や親せきと離れて暮らしている人には、この思い、共感するものがあるのではないでしょうか?大事な人々が「生きてる」ことは、それだけで「結構」なことなのです。

お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか?

「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」より

マンションの前で行き倒れていた樹(岩田剛典)が、さやか(高畑充希)に声をかけたセリフ。共同生活を始めることになった二人の、運命的な出会いのシーン。

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