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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

先生からは1点だけ、幸せになってください

「ウェディング・ハイ」より

結婚式で新婦の恩師(片桐はいり)が、新婦(関水渚)へ贈る言葉。心を込めた一言に、新婦の頬にも思わず涙が。

その他のちょっと良いセリフ

どこにでも行ければいいってもんじゃないんだよ。
ここには山も海もある。お前の心は丈夫だし。

「つぐみ」より

生まれつき病弱で、常に死の恐怖を感じながら、死を覚悟しながら、生まれの地・西伊豆から出られずに人生を送っているつぐみ(牧瀬里穂)。
病弱で生まれてきたことへの引け目や、ある種の憐憫から、家族や周囲はつぐみを優しく甘やかし、そのせいで、傍若無人な我が儘さや、攻撃的な物言い、その一方で何があってもへこたれないタフな精神力を持った少女へと成長したつぐみですが、その不思議な生命力に、友人まりあ(中嶋朋子)をはじめ周囲の人間たちは何故か心をひきつけられ、どんなに乱暴な行動があっても、どんなに辛辣な発言をされても、つぐみを憎めず、嫌いになれないのでした。
すなわち、つぐみは、か弱い身体と強靭な精神力が一体となった、アンビバレンツで不思議な魅力の持ち主でした。とはいえど、病弱であることに変わりなく、このセリフは、つぐみと運命的に出会った恋人・恭一(真田広之)が、いつになく不調の波に襲われていたつぐみにかけた、地味で素朴な中にも愛情と励まし、そして切なる願いがこめられた言葉です。
いくら強気なつぐみでも、病弱なせいで地元・西伊豆を出られずに一生を終えることになりそうな事については、さびしく悲しく思っていることは確かで、そんな彼女を力強く全肯定する恭一からの言葉に、最後の決心をするつぐみでしたが・・・

お前、さしずめインテリだな?それじゃ余計女にモテないよ。ダメだ、あきらめな。

「男はつらいよ 翔んでる寅次郎(第23作)」より

行商先の北海道・支笏湖畔で、男(湯原昌幸)に襲われかけたひとみ(桃井かおり)を救った寅次郎(渥美清)。ひとみは田園調布の富豪令嬢で、結婚を間近かに控えていたがマリッジブルーからの現実逃避で北海道を旅していた。帰京後まもなく、結婚式を逃げ出し柴又へ寅次郎に会いに来たひとみは、とらやで暮らし始め、寅次郎との距離が縮まる。しかしそこへひとみと結婚するはずだった邦男(布施明)が度々訪れるようになり、ひとみへの執着を見せる。失恋豊富な寅次郎は邦男を慰めるが、難解な御託を並べる邦男に対して、ひとみを諦めるよう言い放った言葉。辛辣な放言に聞こえるかもしれないが、寅次郎は、容姿端麗な見た目や家柄だけではなく、意外に純朴で真っ直ぐな邦男という男の天性の魅力を理解しており、そのうえで男らしい潔さを身につけるよう示唆する、温かい言葉です。

考えたらダメっす。
取り込まれますよ。

「ミンナのウタ」より

居る(在る)はずのないモノ、すなわち見てはいけないモノを見てしまった関口と中務。当然恐れおののき狼狽する関口に対して、冷静な中務が諭した言葉です。
想定できない、想像を超えた(外れた)事象に直面すると、人は往々にしてその事そのものや原因・理由、真偽などを考えてしまい、不安や恐怖に支配され、思考も行動も不自由になってしまいます。まさに事象に「取り込まれ」るのです。
しかし、それを避けるための、自由でいるための知恵、それが「考えない」ことなのです。これは人生の様々な局面で有効な、普遍性・汎用性の高い知恵かもしれません。
さて、ここで見事な冷静さを見せた中務ですが、果たして彼らはその先で待ち受ける恐るべき異常な怪異事象の数々を、「考えない」ことで「取り込まれ」ずにいられるのでしょうか・・・

恥ずかしいっていうことは
人間だけが知っていることだ
尊いことだよ

「カルメン故郷に帰る」より

雄大で風光明媚な浅間山麓・北軽井沢で牧場を営む青山家の娘・おきん(高峰秀子)は、家出をして東京でリリィ・カルメンという名のストリッパーになっていた。秋のある日、仲間の踊り子・マヤ朱実(小林トシ子)を連れ、故郷へ錦を飾りに帰ってくるおきん。派手な出で立ちでエキセントリックな行動をするハイカラ娘たちに村人たちは戸惑いを隠せずにいるが、自分たちを芸術家だと信じる2人は、村でストリップ公演を敢行すると言いだす。おきんの父・正一(坂本正)は、おきんが子供の頃に牛に頭を蹴られたことが原因で少し頭が弱くなったと疑っており、そんな娘を不憫に憂いていたが、ここにきて自分の娘がストリッパーであること、村人たちの前でストリップすなわち裸踊りを実演しようとしていることを、娘と顔を合わせられないほどに恥ずかしいと、涙ながらに嘆いていた。
これは、そんな正一を、芸術文化の養護推進を是とする信念の持ち主である村の小学校の校長先生(笠智衆)がなぐさめたセリフです。正一は、父としておきんを恥ずかしいと思うに加え、不憫に、そして申し訳なく思い、さらにはそんな自分をも恥ずかしいと思っていたのかもしれません。しかし、おそらく正一が抱く幾つもの感情をすべて洞察していた校長先生の言葉は、涙に咽ぶ正一を包み込むなぐさめの言葉であると同時に、娘を思う父への賛辞であり、激励でもあったのです。

困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。

「男はつらいよ 寅次郎の休日(第43作)」より

泉(後藤久美子)と礼子(夏木マリ)との旅を通して絆を深めた寅次郎(渥美清)と満男(吉岡秀隆)。実の親であるさくら(倍賞千恵子)と博(前田吟)には従わないのに、寅次郎の言うことは素直に受け入れるようになっていた。新たな旅に出かける寅次郎は、別れ際に満男にかけた言葉。大学生となった満男をひとりの大人の男として信頼しつつも、寅次郎にとってはかわいい甥であることには変わりがない。そんな甥への伯父心があふれた、愛の言葉。

僕はあなたを幸せにする自信はありません。しかし、僕が幸せになる自信は絶対ある!

「釣りバカ日誌(第1作)」より

みちこさんがスーさんに話した、ハマちゃんのプロポーズの言葉です。こんなプロポーズされたら、絶対にOKっていいたくなりますよね。

幽霊よりも、人間のほうが恐いってことです。

「さんかく窓の外側は夜」より

幼い頃から幽霊が見える特異体質に悩まされている書店員・三角康介(志尊順)は、除霊師・冷川理人(岡田将生)と出会い、共に除霊作業の仕事をすることになった。ある日、ふたりは刑事・半澤(滝藤賢一)から、未解決殺人事件の捜査協力を持ちかけられる。それは、想像を絶する、常軌を逸した、怨念渦巻く阿鼻叫喚地獄の始まりだった。真相に迫ってゆくなか、康介が恐怖、そして諦念めいた感情とともに呟いたセリフ。それは、悪意や殺意といった確実な強い意思を持ち狂気を宿すのは、幽霊でも何でもなく、自分たち人間だという恐怖。いちばん恐いのは人間。あらゆる事象に通じる真理なのかもしれません。

いいか人間誰しも欠点というものがあるんだよ。

「男はつらいよ 幸福の青い鳥(第37作)」より

かつて世話になった旅役者一座の座長の忘れ形見・美保(志穂美悦子)の世話をすることになった寅次郎(渥美清)だが、まるで娘のように美保の将来を案じる気持ちが行き過ぎて、つい妄想に浸る。その妄想の中で、幸福をつかんだ美穂が旦那のことをまじめ過ぎてつまらないと愚痴った際に諭した言葉。世の大多数の人間が救われるであろう言葉。

自分を醜いと知った人間は決してもう醜くねえって。

「男はつらいよ ぼくの伯父さん(第42作)」より

浪人中の身でありながら後輩との恋に悩み受験勉強が手につかない満男(吉岡秀隆)を飲み屋に連れ出した寅次郎(渥美清)。自分の気持ちが純粋な恋心ではなく不潔な気持ちだと思っていることを吐露した満男に対して、寅次郎がかけた励ましの言葉。不純な気持ちを不純だと認識している時点で純粋だ、とも言い換えることができる。実はこの言葉、かつて満男の母・さくら(倍賞千恵子)と結婚する前に、さくらに恋する父・博(前田吟)が寅次郎に語ったものだった。いま恋に思い悩む満男に、かつての父の言葉が伯父・寅次郎を経由して伝わった。

大丈夫、そんな心配することはありませんよ。

「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎(第32作)」より

墓参りに訪れた岡山・備中高梁の寺で、家事を仕切る出戻り娘の朋子(竹下景子)に一目惚れした寅次郎(渥美清)は、成り行きで坊さんの真似事をしてしばらく暮らすことになった。ある日、寺の住職・石橋泰道(松村達雄)と、写真家を目指す息子・一道(中井貴一)が言い争いとなり、一道は写真家への夢を叶えるために家を出て東京に向かうことに。そんな弟・一道を心配する姉の朋子に寅次郎がかけた言葉。それは男子たるもの父親と喧嘩して家出するぐらいじゃないと一人前になれないという、寅次郎の自らの過去を顧みつつの信条に根差していた。そんな寅次郎の温かくも力強い言葉に励まされた朋子は、次第に寅次郎に惹かれ…。

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