松竹の2000本以上の映画作品から、オススメ映画をご案内

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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

「愛しちゅうが?」「愛してる。だって俺から女房取ったら何も残らないもん」「ええなあ。そんな風に愛されて」

「釣りバカ日誌14 お遍路大パニック!(第16作)」より

多忙な日々に疲れたスーさんは、ハマちゃんと四国八十八カ所のお遍路の旅に出る。高知で知りあった男まさりのトラック運転手のみさき(高島礼子)と親しくなり、みさきの実家が営む旅館に泊まる。先に寝てしまったスーさんをよそに、楽しくお酒を飲んで語っている時、夫に先立たれて寂しさを抱えているみさきがハマちゃんと交わしたセリフ。少し艶っぽい雰囲気になったものの、やはりハマちゃんの愛妻ぶりはブレなくて安心したシーンです。

その他のちょっと良いセリフ

お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか?

「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」より

マンションの前で行き倒れていた樹(岩田剛典)が、さやか(高畑充希)に声をかけたセリフ。共同生活を始めることになった二人の、運命的な出会いのシーン。

大丈夫、そんな心配することはありませんよ。

「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎(第32作)」より

墓参りに訪れた岡山・備中高梁の寺で、家事を仕切る出戻り娘の朋子(竹下景子)に一目惚れした寅次郎(渥美清)は、成り行きで坊さんの真似事をしてしばらく暮らすことになった。ある日、寺の住職・石橋泰道(松村達雄)と、写真家を目指す息子・一道(中井貴一)が言い争いとなり、一道は写真家への夢を叶えるために家を出て東京に向かうことに。そんな弟・一道を心配する姉の朋子に寅次郎がかけた言葉。それは男子たるもの父親と喧嘩して家出するぐらいじゃないと一人前になれないという、寅次郎の自らの過去を顧みつつの信条に根差していた。そんな寅次郎の温かくも力強い言葉に励まされた朋子は、次第に寅次郎に惹かれ…。

会社というのはたくさんの歯車で成り立っている。その歯車をスムーズに噛み合わせるためには潤滑油が必要。この浜崎くんは潤滑油の役割を果たしているのではないかと思います。

「釣りバカ日誌8(第9作)」より

渓流釣りの後、山で遭難してしまったハマちゃんとスーさん。会社の一大事に大捜索が行われ、会社をサボっていたことがバレてしまった。懲罰委員会で解雇の危機に立たされたハマちゃんをかばうため、佐々木課長(谷啓)が重役たちの前で発言した言葉。普段はガミガミうるさい課長のハマちゃんへの愛情を感じる温かい言葉です。

困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。

「男はつらいよ 寅次郎の休日(第43作)」より

泉(後藤久美子)と礼子(夏木マリ)との旅を通して絆を深めた寅次郎(渥美清)と満男(吉岡秀隆)。実の親であるさくら(倍賞千恵子)と博(前田吟)には従わないのに、寅次郎の言うことは素直に受け入れるようになっていた。新たな旅に出かける寅次郎は、別れ際に満男にかけた言葉。大学生となった満男をひとりの大人の男として信頼しつつも、寅次郎にとってはかわいい甥であることには変わりがない。そんな甥への伯父心があふれた、愛の言葉。

おてんとうさまは見ているぜ

「男はつらいよ 寅次郎忘れな草(第11作)」より

映画の冒頭、寅次郎が居眠り中に見ている夢。悪政のせいで陰でこそこそ弱い者いじめが横行する荒廃した世の中。無法者たちに理不尽にも金品をせしめられている貧しい親子(倍賞千恵子、前田吟、松村達雄)を、颯爽と現れ救った、寅次郎という名のさすらいの風来坊(渥美清)が、去り際に放った捨てゼリフ。幾ら世が荒れても、陰でこそこそ悪いことはできないよ、必ず誰かが見ているよ、という強いメッセージです。

僕はあなたを幸せにする自信はありません。しかし、僕が幸せになる自信は絶対ある!

「釣りバカ日誌(第1作)」より

みちこさんがスーさんに話した、ハマちゃんのプロポーズの言葉です。こんなプロポーズされたら、絶対にOKっていいたくなりますよね。

事件はきわめて難しい状況に直面し、連日の皆さんのご苦労にもかかわらず、遅々として捗りません。

「砂の器」より

殺人事件の被害者の身許が不明、殺される直前に誰かと会っていたことが判明したが、その人物も不明。そのふたりの会話のなかで交わされていた謎の言葉も、それが何を指すのか全くもって不明。
あらゆることが謎のまま捜査は難航どころか迷宮入りがちらつくほど暗礁に乗り上げていました。そんな八方塞がりの状況下、真夏のうだるような暑さのなか開かれた捜査会議で、とあるベテラン刑事が発した苦渋の言葉。
それは捜査陣にとっての目の前の現実を過不足なく客観的に表した発言であると同時に、この事件がいかに難解であるか、解決までの道のりが果てしなく遠く険しいことを想起させます。
しかし、知恵と気力体力を振り絞った不撓不屈の捜査の果てに、物語は衝撃と戦慄の真実へと至り、その核心は、人間の業と宿命の深淵へと導かれるのです。

世間にはね、したくなくてもする必要がある事がたくさんあんのよ

「乾いた湖」より

事業家だった父が政界汚職に巻き込まれ自殺、残されたのは母、姉、妹(岩下志麻)の女三人家族と巨額の税。
そんな三人の生活を支えているのは、姉が稼いでくるお金。では、姉はどうやって稼いでくるのか?どんな仕事をしているのか?
その答えは、愛人稼業でした。しかも、その相手は、父を自殺に追いやった悪徳政治家。
姉は父を殺した男の愛人になり、その愛人手当で残された三人が生活できていたのです。
そしてその首謀者は、なんと母でした。まだ嫁入り前の姉を、男に愛人として差し向けたのです。
そんな衝撃の事実を知り半狂乱で反発する妹に、母が諫めるように放った、あまりに現実的すぎる言葉がこの酷薄なセリフです。
もしかしたら、夫を自殺に追い込まれ実質的に殺されたことで、母の理性と思考のタガが外れてしまったのかもしれません。
ただ、残された三人がお金を稼いで生きて行かねばならない事は現実。母は強し。
その傍らには、ただただ涙ながらに妹に謝る姉の姿がありました。

生きてる?そら結構だ。

「男はつらいよ 寅次郎紅の花(第48作)」より

寅次郎(渥美清)が久しぶりにくるまやに電話すると出たのは、自分と会ったことがないどころか自分のことを知らない若い店員で、さくら(倍賞千恵子)ほか皆が出払っていると言う。店員との会話も続かず、言うに事欠いて皆が生きていることを確認した寅次郎が言い放ったセリフです。通り一遍の社交辞令のような、よくある生存確認ではありますが、寅次郎がひと安心したのは事実でした。家族、とりわけ年老いた両親や親せきと離れて暮らしている人には、この思い、共感するものがあるのではないでしょうか?大事な人々が「生きてる」ことは、それだけで「結構」なことなのです。

本当のことを
知る必要はなかったのかもしれない
って思えてきました

「ある男」より

弁護士の城戸章良(妻夫木聡)は、夫・谷口大祐(窪田正孝)を事故で亡くした谷口里枝(安藤サクラ)から、死んだ夫の身元調査という奇妙な相談を受けます。大祐の死後、彼が大祐ではなく、名前もわからない全くの別人だったことが判明したというのです。里枝や子供たちをはじめ周囲の誰もが大祐だと思っていた“ある男”の正体を追う城戸は、調査を進めるにつれ、別人として生きた男への複雑な思いを抱き始めます。やがて、衝撃の真実が明らかとなります。
このセリフは、亡き夫=”ある男”の正体を知った後での、里枝の言葉です。夫の正体=【真実】がどうあろうと、彼が自分の愛した夫であり、子供たちが慕う父親であったという<事実>は、何ら変わりません。ましてやその【真実】が、里枝たちの人生、過去、記憶、すなわち<事実>を毀損するような、その後の人生に暗い影を落とすような、いわば負の内容だとしたら、そんな【真実】=本当のことなど意味は無い、知る必要は無いとすら言えるのではないでしょうか。
これは<事実>と【真実】の意味や価値について思考を喚起するような、言外の示唆に富む、重みのある言葉です。

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