松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。
ちゃんと知ってるのよ
前の奥さんにこっそり会ってるってこと
その他のちょっと良いセリフ
なにも死ぬまでガツガツガツガツ働くこたあないんだよ、ねえ。
黙ってたって、いつかは死ぬんだから。

「男はつらいよ 寅次郎心の旅路(第41作)」より
旅の途中、自殺しようとした心身症のエリートサラリーマン・坂口兵馬(柄本明)と出会った寅次郎(渥美清)が、自殺を思いとどまらせ元気づけようと発した言葉。寅次郎ならではの力強い達観と脱力に満ちたセリフ。結果、坂口は寅次郎を頼りになる兄貴分として慕い、強引にオーストリアのウィーン旅行に誘い出かけることになる。ちなみに冒頭、大学受験に失敗し浪人となり、予備校通いで毎日満員電車に揺られる生活を送り始め、それがサラリーマンになっても退職するまで延々と続くことを想像し、「うらやましいなぁ…伯父さんだよ。だってそういう生き方を否定したんだろう?」と言う満男(吉岡秀隆)に対して、母さくら(倍賞千恵子)が、「伯父さんは否定したんじゃなくて、されたのよ、世の中に」といつになく辛辣な言葉を返す場面があるが、まさにこのさくらの言葉に対する寅次郎からの鮮やかな返答とも言えるセリフ。
ったく。仕事から帰ってきたら風呂も沸いてない。

「GONIN」より
久しぶりに帰った自宅で、風呂に入ろうとし浴室を覗いた時に萩原昌平(竹中直人)がつぶやいた独り言。
この発言は、独り言だからまだよかったものの、その下地・背景にあると思われる、夫(父)は外で仕事をし金を稼ぎ、妻(母)は家を守り子を育て、夫の疲れを癒すべく甲斐甲斐しく世話をする、なんて思想は論外でしょう。
もっとも、夫婦によってはそれぞれの役割を当人納得の上で分担している場合もあるので、他人の夫婦(家庭)のありように第三者が軽々しく口を出すべきではありませんが…。
ちなみに、夫であり父である萩原昌平は、上記の発言(だけ)によれば、おそらく一般的には、一生懸命に仕事をし金を稼ぎ一家を養っているという自負心の塊のように思われますが、実際は仕事をしていない、リストラされたサラリーマンです。そのことを家族に言い出せずに、出張続きで仕事が忙しいと嘘をつき、家に帰らず毎日外で暇をつぶす日々を過ごしています。
この発言は、その鬱屈に起因する悪辣な暴言なのかもしれません。あるいは、自分が仕事をしているという嘘にリアリティを持たせるための演出なのかもしれません。
そして、その一方で、実は彼の家族は・・・
俺にだって一生にいっぺんくらい役作りってやつをさせてください

「蒲田行進曲」より
新作『新選組』映画に沸く撮影所。うだつの上がらない大部屋俳優のヤス(平田満)は、心酔し敬愛するスター俳優・銀ちゃんこと倉岡銀四郎(風間杜夫)のため、そしてその銀ちゃんの身代わりに自分が結婚することになった、彼の子を身ごもる落ち目の女優・小夏(松坂慶子)のために、軽くて半身不随、最悪で死亡という危険きわまりない池田屋階段落ちのシーンで、銀ちゃん演じる土方歳三に斬られ高さ10メートルから転げ落ちる役を、自ら申し出ます。ふだんは役作りをする必要も無い、名も無き雑魚役を演じて日々を過ごす大部屋俳優にとって、この生死のかかった階段落ちは、一日だけスターになれる一世一代のひのき舞台。このセリフは、死の恐怖にさいなまれるヤスが、撮影直前に最後の覚悟をする時間をもらうために、自分以外の全員に向けた魂の願いでした。大部屋俳優でも俳優は俳優。命がけの大仕事を前に、その矜持と尊厳がほとばしる、静かに重厚なセリフです。
恥ずかしいっていうことは
人間だけが知っていることだ
尊いことだよ

「カルメン故郷に帰る」より
雄大で風光明媚な浅間山麓・北軽井沢で牧場を営む青山家の娘・おきん(高峰秀子)は、家出をして東京でリリィ・カルメンという名のストリッパーになっていた。秋のある日、仲間の踊り子・マヤ朱実(小林トシ子)を連れ、故郷へ錦を飾りに帰ってくるおきん。派手な出で立ちでエキセントリックな行動をするハイカラ娘たちに村人たちは戸惑いを隠せずにいるが、自分たちを芸術家だと信じる2人は、村でストリップ公演を敢行すると言いだす。おきんの父・正一(坂本正)は、おきんが子供の頃に牛に頭を蹴られたことが原因で少し頭が弱くなったと疑っており、そんな娘を不憫に憂いていたが、ここにきて自分の娘がストリッパーであること、村人たちの前でストリップすなわち裸踊りを実演しようとしていることを、娘と顔を合わせられないほどに恥ずかしいと、涙ながらに嘆いていた。
これは、そんな正一を、芸術文化の養護推進を是とする信念の持ち主である村の小学校の校長先生(笠智衆)がなぐさめたセリフです。正一は、父としておきんを恥ずかしいと思うに加え、不憫に、そして申し訳なく思い、さらにはそんな自分をも恥ずかしいと思っていたのかもしれません。しかし、おそらく正一が抱く幾つもの感情をすべて洞察していた校長先生の言葉は、涙に咽ぶ正一を包み込むなぐさめの言葉であると同時に、娘を思う父への賛辞であり、激励でもあったのです。
女抜きで引っ越しができるとお思いですか?

「引っ越し大名!」より
藩の存亡を懸け、姫路(兵庫)から日田(大分)へ、移動人数10,000人、距離600Km、予算なし・・・という過酷な国替え=引っ越しの仕切り役「引っ越し奉行」を仰せつかった、ふだんは書庫にこもって本を読んでばかりの引きこもり侍・片桐春之介(星野源)。
柄に合わない任務と前途多難におののく春之介は、幼馴染で武芸の達人・鷹村源右衛門(高橋一生)や前任の引っ越し奉行の娘である於蘭(高畑充希)に助けられ、知恵と工夫なしではまず成し遂げられない一大事業=引っ越しに臨みます。
これは目の前の、そしてこれから間違いなく降りかかって来るであろう無理難題の数々に怖気づく春之介たちに向けた、於蘭によるこのうえなく頼もしく力強いセリフです。自信、そして前任の引っ越し奉行の娘であることの強い自負心に満ちた威勢のいいひと言は、春之介たちを見事に鼓舞したのでした。
…ちなみに余談ながらも、筆者個人的に、過去に経験した幾度かの引っ越し全てにおいて、間違いなく母や妻が居たればこそテキパキと合理的に事が進んだと、心の底からの感謝と共に、強くそう思っております。
どこにでも行ければいいってもんじゃないんだよ。
ここには山も海もある。お前の心は丈夫だし。

「つぐみ」より
生まれつき病弱で、常に死の恐怖を感じながら、死を覚悟しながら、生まれの地・西伊豆から出られずに人生を送っているつぐみ(牧瀬里穂)。
病弱で生まれてきたことへの引け目や、ある種の憐憫から、家族や周囲はつぐみを優しく甘やかし、そのせいで、傍若無人な我が儘さや、攻撃的な物言い、その一方で何があってもへこたれないタフな精神力を持った少女へと成長したつぐみですが、その不思議な生命力に、友人まりあ(中嶋朋子)をはじめ周囲の人間たちは何故か心をひきつけられ、どんなに乱暴な行動があっても、どんなに辛辣な発言をされても、つぐみを憎めず、嫌いになれないのでした。
すなわち、つぐみは、か弱い身体と強靭な精神力が一体となった、アンビバレンツで不思議な魅力の持ち主でした。とはいえど、病弱であることに変わりなく、このセリフは、つぐみと運命的に出会った恋人・恭一(真田広之)が、いつになく不調の波に襲われていたつぐみにかけた、地味で素朴な中にも愛情と励まし、そして切なる願いがこめられた言葉です。
いくら強気なつぐみでも、病弱なせいで地元・西伊豆を出られずに一生を終えることになりそうな事については、さびしく悲しく思っていることは確かで、そんな彼女を力強く全肯定する恭一からの言葉に、最後の決心をするつぐみでしたが・・・
お前、さしずめインテリだな?それじゃ余計女にモテないよ。ダメだ、あきらめな。

「男はつらいよ 翔んでる寅次郎(第23作)」より
行商先の北海道・支笏湖畔で、男(湯原昌幸)に襲われかけたひとみ(桃井かおり)を救った寅次郎(渥美清)。ひとみは田園調布の富豪令嬢で、結婚を間近かに控えていたがマリッジブルーからの現実逃避で北海道を旅していた。帰京後まもなく、結婚式を逃げ出し柴又へ寅次郎に会いに来たひとみは、とらやで暮らし始め、寅次郎との距離が縮まる。しかしそこへひとみと結婚するはずだった邦男(布施明)が度々訪れるようになり、ひとみへの執着を見せる。失恋豊富な寅次郎は邦男を慰めるが、難解な御託を並べる邦男に対して、ひとみを諦めるよう言い放った言葉。辛辣な放言に聞こえるかもしれないが、寅次郎は、容姿端麗な見た目や家柄だけではなく、意外に純朴で真っ直ぐな邦男という男の天性の魅力を理解しており、そのうえで男らしい潔さを身につけるよう示唆する、温かい言葉です。
大丈夫、そんな心配することはありませんよ。

「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎(第32作)」より
墓参りに訪れた岡山・備中高梁の寺で、家事を仕切る出戻り娘の朋子(竹下景子)に一目惚れした寅次郎(渥美清)は、成り行きで坊さんの真似事をしてしばらく暮らすことになった。ある日、寺の住職・石橋泰道(松村達雄)と、写真家を目指す息子・一道(中井貴一)が言い争いとなり、一道は写真家への夢を叶えるために家を出て東京に向かうことに。そんな弟・一道を心配する姉の朋子に寅次郎がかけた言葉。それは男子たるもの父親と喧嘩して家出するぐらいじゃないと一人前になれないという、寅次郎の自らの過去を顧みつつの信条に根差していた。そんな寅次郎の温かくも力強い言葉に励まされた朋子は、次第に寅次郎に惹かれ…。
困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。


