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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

どこにでも行ければいいってもんじゃないんだよ。
ここには山も海もある。お前の心は丈夫だし。

「つぐみ」より

生まれつき病弱で、常に死の恐怖を感じながら、死を覚悟しながら、生まれの地・西伊豆から出られずに人生を送っているつぐみ(牧瀬里穂)。
病弱で生まれてきたことへの引け目や、ある種の憐憫から、家族や周囲はつぐみを優しく甘やかし、そのせいで、傍若無人な我が儘さや、攻撃的な物言い、その一方で何があってもへこたれないタフな精神力を持った少女へと成長したつぐみですが、その不思議な生命力に、友人まりあ(中嶋朋子)をはじめ周囲の人間たちは何故か心をひきつけられ、どんなに乱暴な行動があっても、どんなに辛辣な発言をされても、つぐみを憎めず、嫌いになれないのでした。
すなわち、つぐみは、か弱い身体と強靭な精神力が一体となった、アンビバレンツで不思議な魅力の持ち主でした。とはいえど、病弱であることに変わりなく、このセリフは、つぐみと運命的に出会った恋人・恭一(真田広之)が、いつになく不調の波に襲われていたつぐみにかけた、地味で素朴な中にも愛情と励まし、そして切なる願いがこめられた言葉です。
いくら強気なつぐみでも、病弱なせいで地元・西伊豆を出られずに一生を終えることになりそうな事については、さびしく悲しく思っていることは確かで、そんな彼女を力強く全肯定する恭一からの言葉に、最後の決心をするつぐみでしたが・・・

その他のちょっと良いセリフ

自分をいじめることはねぇ
てめぇでてめぇを大事にしなくて
誰が大事にするもんか

「異人たちとの夏」より

幼いころ交通事故で死別した父・英吉(片岡鶴太郎)、母・房子(秋吉久美子)と約30年ぶりに“再会”を果たした原田英雄(風間杜夫)は、テレビドラマの人気脚本家として活躍中であることを褒められるも過度に謙遜し、そのうえ、自分がよき夫、よき父親ではなかったせいで離婚し、妻子と別れるに至ったことを、自責の思いとともに自虐的に話した。そんな自信喪失気味な英雄に、父・英吉がかけた、江戸っ子らしい威勢の中に温もりと父の愛がこめられた言葉。この言葉を胸に、(少なくともたまには)自分を褒め、心身ともに気遣い、日常と人生を頑張って生きたいものです。

先生からは1点だけ、幸せになってください

「ウェディング・ハイ」より

結婚式で新婦の恩師(片桐はいり)が、新婦(関水渚)へ贈る言葉。心を込めた一言に、新婦の頬にも思わず涙が。

今、幸せかい?

「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ(第13作)」より

陶芸家と幸せな結婚をしたはずの歌子(吉永小百合)は夫に先立たれ姑の元で肩身の狭い思いをして暮らしていた。「もし何かあったら、葛飾柴又のとらやを訪ねてきな。悪いようにはしないから」と声をかける寅さん。本当はそばで助けてあげたい気持ちを抑えた、短いけれど優しさあふれるセリフです。

思ってるだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ。

「男はつらいよ 寅次郎の青春(第45作)」より

宮崎の旅館で、寅さんと満男が泉との恋について語る男同士のシーン。愛しているなら態度で示せよ、と語る叔父さんの言葉は重みがあります。

思い切ってなんでも言ったらいいさ、惚れてますとか、好きですとか。

「男はつらいよ 寅次郎子守唄(第14作)」より

恋心を告白できずに悶々と過ごす青年・大川(上條恒彦)に寅次郎(渥美清)がかけた言葉。それは至極ストレートな恋愛指南でした。何はなくとも先ずは思いを伝えないことには始まらない、当然進展もありません。これは自らアクションを起こさなければ事態も動かないという点で恋愛に限らず普遍性があり、仮に成功・成就せずとも諦めがつく、結果を問わず後悔しない生き方への指南とも言えます。ちなみに大川の恋の相手は、寅次郎も恋する看護師・木谷京子(十朱幸代)。寅次郎に背中を押された大川の告白の結果、京子の答えは…?

俺にだって一生にいっぺんくらい役作りってやつをさせてください

「蒲田行進曲」より

新作『新選組』映画に沸く撮影所。うだつの上がらない大部屋俳優のヤス(平田満)は、心酔し敬愛するスター俳優・銀ちゃんこと倉岡銀四郎(風間杜夫)のため、そしてその銀ちゃんの身代わりに自分が結婚することになった、彼の子を身ごもる落ち目の女優・小夏(松坂慶子)のために、軽くて半身不随、最悪で死亡という危険きわまりない池田屋階段落ちのシーンで、銀ちゃん演じる土方歳三に斬られ高さ10メートルから転げ落ちる役を、自ら申し出ます。ふだんは役作りをする必要も無い、名も無き雑魚役を演じて日々を過ごす大部屋俳優にとって、この生死のかかった階段落ちは、一日だけスターになれる一世一代のひのき舞台。このセリフは、死の恐怖にさいなまれるヤスが、撮影直前に最後の覚悟をする時間をもらうために、自分以外の全員に向けた魂の願いでした。大部屋俳優でも俳優は俳優。命がけの大仕事を前に、その矜持と尊厳がほとばしる、静かに重厚なセリフです。

命というものがたった一つでないのなら…我々はなんのために必死になって生きているのですか

「CASSHERN」より

終始描かれるおぞましい光景の中で、切実に命の尊さを訴えかける場面。重みと気迫に圧倒される…!

――腹 割かれたくなかったんじゃないの?
――浮いてんだろ?
  梶の横っ面(つら)張るまでは沈まないよ

「GONIN2」より

(劇映画などフィクションの世界では)ヤクザのオーソドックスな死体処理の仕方の一つに、海に沈める、というものがあります。ただし、ただそうする訳ではありません。死体の腹部を裂いて体内のガスを、ある程度手間と時間をかけて、入念に抜くのです。それを怠ると、やがて死体の中でガスが膨張するなどして、せっかく沈めた死体が浮き上がってきてしまうのです。余裕があれば、相当な重量の重りと共に沈める、という場合もあります。
このセリフは、ヤクザの末端組織に属するチンピラの梶(松岡俊介)という男に身も心も許し、運命をも委ね、共に犯罪に手を染めたが、土壇場で裏切られ重傷を負った女・直子(片岡礼子)が、傷が癒えぬままプールを泳いでいた場面で、直子の傷を手当てした蘭(余 貴美子)が心配してかけた言葉と、それに対する直子の返答です。
この短い対話には、先述した恐ろしい死体処理をするヤクザに絶対に捕まらない、殺されない、腹を裂かれない、すなわち「沈まない」という強い意志と、愛し信じていたのに自分を裏切った男に復讐するまでは絶対に死なない、すなわち「沈まない」(重傷を負っているにもかかわらず実際にプールに「浮いて」泳いでいる)というもう一つの強い意志、「沈まない」で生き延びる二つの意志が表現されています。
心身ともに傷ついた女たちが、水面煌めく夜のプールを、手負いであることを忘れたかのように、無邪気に戯れる人魚さながら浮かび泳ぐ、詩情すら漂う美しい場面ではありますが、意志は強し、病は気から、を象徴的に描いた力強い場面とも言えます。いかなる窮地にあっても、そんな強い気持ちを持ちたいものです。

エロ100%でしょ

「マダムと女房」より

モダンの風が吹き荒れる時代の東京。郊外に建つ文化住宅に、劇作家・芝野(渡辺篤)が女房(田中絹代)とまだ幼い子供たちを連れて引っ越してきました。ある日、執筆中に隣家からジャズの音が流れてきて、苛立った芝野が抗議に行くと、現れたのは妖艶な美貌のモダンな洋装マダム(伊達里子)でした。部屋に招き入れられ、ミイラ捕りがミイラになったかのようにジャズの演奏に聴き惚れ、ついでに艶っぽいマダムも気になって仕方がない芝野。いっぽうその頃女房は、旦那が助平心でマダムのエロスにメロメロになっているに違いないと踏み、家で嫉妬の炎を燃やしていたのでした。このセリフは、そんな女房が放った、帰宅した旦那を激しく責めたてるひと言です。
先進的なモダンカルチャーの象徴の一つと言える、日本初の本格的トーキー映画である本作ですが、音声のみならずセリフ自体の表現にも、1931年の作とは思えぬほどの時代を超えた先鋭的なモダンさが、力強く宿っておりました。

ああ、この人を幸せにしたいなぁと思う。この人のためだったら命なんかいらない、もう俺死んじゃってもいい、そう思う。それが愛ってもんじゃないかい?

「男はつらいよ 葛飾立志篇(第16作)」より

縁戚である御前様(笠智衆)の紹介でとらやの下宿人となった筧礼子(樫山文江)は、助手として考古学者の田所教授(小林桂樹)に熱心に師事する学者の卵だった。礼子に恋する寅次郎は、ひょんなことから田所教授とも知り合うが、なんと教授は礼子に思いを募らせていた。自分の気持ちに確信が持てずに告白する決心がつかず悶々としていた教授に、寅次郎が提言した言葉。愛という曖昧な感情をシンプルで具体的な思いに言い換え、とても分かり易く表現したその力強い言葉に背中を押され、教授は自分の気持ちを愛だと確信。勇気を出して礼子に恋文を手渡す。

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