松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。
“世間”って誰?どこの誰のこと?
そんな顔も見えない人たちのことなんてどうでもいい
私は自分の物差しで生きるの

「人間失格 太宰治と3人の女たち」より
妻子ある新進気鋭の小説家・太宰治(小栗旬)との不倫の挙句に子を身ごもった太田静子(沢尻エリカ)による、世間体を前面に押し出して不倫を非難・叱責する弟(千葉雄大)に対しての開き直った反論でもあり、自分の信条や生き方の肯定でもあるセリフ。
たった一度きりの人生、たとえ後ろ指さされようとも自分の感覚を信じて好きなように生きる、そんな高らかな自由の宣言です。
静子自身、太宰と同業の若き作家。創作に取り憑かれ優れた表現欲を持つ者が、活動の源泉として半ば代償のように常識と引き換えに背負わされる、ある種の反社会性や非道徳性。その是非はともかく、そこに恐ろしい魔力(魅力)があることは確かです。
その他のちょっと良いセリフ
人の運命などというものは誰にもわからない。そこに人生の悩みがあります
言霊ってあるんだよ!言葉の力ってすごいんだよ!
お前もいずれ、恋をするんだなぁ。あぁ、可哀想に。
「私を殺してでも行きたい?」「行きたい」「じゃいいわ。殺してちょうだい」
先生からは1点だけ、幸せになってください
何もかもさ。

「青春残酷物語」より
学費滞納で除籍寸前の不良大学生・清(川津祐介)は、同じく不良の女子高生・真琴(桑野みゆき)と運命的に出会う。自分の言う事に素直に従わない年下の真琴を、苛立ちを隠さず、サディスティックに、荒々しく抱いた清。粗暴に抱かれた直後、清に何に対して怒っているのか問うた真琴への、清の返答。刹那の衝動に突き動かされ無軌道に生きる、あらゆる現実や既成概念に牙を剥き、触れるものすべてを傷付けてしまう鋭利なナイフのような清を象徴するセリフ。そこには、青春特有のまだ幼い感情に根差した眩しさと瑞々しさがあふれ出ており、年と経験を重ね常識と分別を得た大人にとっては、懐かしく、羨ましく思えるかもしれない。しかし、若さは往々にして手痛い代償を支払うことになることを、二人は知ることになる…
旅というものはな、行き先を決めてから出かけるもんじゃねえんだよ。

「男はつらいよ 寅次郎の縁談(第46作)」より
上手く行かない就職活動に身も心も疲弊し消耗し切った満男(吉岡秀隆)は、そのストレスとフラストレーションから父・博(前田吟)と大喧嘩をし、家出してしまう。しばらく経って満男からの便りが届き、瀬戸内海にある島に滞在していることを知りホッと胸をなでおろす母・さくら(倍賞千恵子)たちが、満男がなぜそこに行ったのかを疑問に思っている様子に、久しぶりに帰ってきた寅次郎(渥美清)が言った言葉。ある土地に行くにあたって特に目的が無くとも、その時々の気分だけでじゅうぶん理由となる、堅苦しく生きるのではなくリラックスして生きよと言っているような、寅次郎の気ままな人生観を象徴するようなセリフです。
好きなことがあるのはいいことなんじゃないかな
調べるのやめました

「八つ墓村」より
複雑怪奇かつ難解な連続猟奇殺人事件の謎を解き、見事に解決した金田一耕助(渥美清)による、事件解決後の飄々としつつも諦念めいた意味深な発言。誰の為にもならない、誰の得にもならない、むしろ害悪にしかならないような真実は、調べる必要があるのか?いや、無い。調べたら調べたで、それを隠さなければならない、そのような真実に価値はあるのか?いや、無い。まるでそんな問答がひとしきり込められたような、短いながらも含蓄豊かなセリフです。探偵にとっては職務放棄、依頼者への背信行為とも言える、敢えて調査を止めるという選択。そこに金田一耕助を名探偵たらしめている優しさと聡明さを感じずにはいられません。
命を軽んじるのが武士ではありません。
命に感謝し、毎日を懸命に生きよう
それが武士の、いえ、人の在るべき姿です。
人は生きてこそ誰かの役に立てるのです。






