松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。
自分の感情というものが、無いの?

「古都」より
京呉服問屋の一人娘として何不自由なく育てられた千重子(岩下志麻)は、両親から自分が本当の娘ではない(両親が自分の本当の親ではない)事を知らされていました。しかし、育ての親との仲は、千重子がその事実を知ったとて、変わらずに睦まじいものでした。それぐらいに親子の絆は太く強く、なにより、育ての両親は本当の子供ではない千重子を何不自由なく育てていたのでした。
その一方で、大学に進みたいという千重子の希望を、それなら家の商売を実地で身に着けるべしと却下。結婚についても、商家の独り娘なればこそ嫁に出すことはできない、と言います。そして、自分の人生の大きな選択に、ことごとく介入どころか初めから決めてしまっている親に対して、異を唱えずに従う千重子。それは、本当の子供ではないのに何不自由なく育ててくれた恩を感じているからなのでしょうか?それとも何かべつの理由があるのでしょうか?
このセリフは、そんな千重子を不思議がったのか、あるいは不憫に思ったのか、気の置けない友人でもあるボーイフレンドから発せられた、素朴な疑問でした。そして、どうやら千重子は、ただ単に恩人であるからと言って両親に穏健なる服従を誓っているだけではなく、そこにはやや複雑な思慮と心情が、一種の「ミステリアスな謎」としてありそうなのです。
名匠・田中登監督による、川端康成の原作小説を映画化し、米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたこの名作では、日本が世界に誇る古都・京都の歴史ある風光明媚な名所の数々を舞台に、その美しい四季折々を背景に、生き別れになった二人の姉妹の運命と心の機微を繊細に描きつつ、その「ミステリアスな謎」が紐解かれます。
その他のちょっと良いセリフ
幸せは希望の向こう側にある。

「大怪獣のあとしまつ」より
人類を未曽有の恐怖に陥れた大怪獣が、ある日突然、死にました。国民は歓喜に沸き、政府は怪獣の死体に「希望」と名付け、国全体が安堵に浸ったのです。しかし、安堵も束の間、この巨大怪獣の死体が腐敗による体温上昇で徐々に膨張が進み、ガス爆発の危機が迫っていることが発覚します。大怪獣の死体が爆発し、漏れ出したガスによって周囲が汚染される事態になれば国民は混乱し、国家崩壊にもつながりかねません。そこで、絶望的な時間との闘いの中、国民の運命を懸けて死体処理という極秘ミッションを任されたのは首相直轄組織・特務隊の隊員である帯刀アラタ(山田涼介)でした。このセリフは、ほとんどインポッシブルなミッションに挑むアラタの、諦めない気持ちの力強い表明です。また、先般大怪獣が「希望」ネーミングされた事にも引っかけた、ウィットとユーモアの効いたナイス発言とも言えるでしょう。いかなる無理難題を前にし、どんなに過酷な難局にあっても、このような強い気持ちと余裕を持っていたいものです。
旅というものはな、行き先を決めてから出かけるもんじゃねえんだよ。

「男はつらいよ 寅次郎の縁談(第46作)」より
上手く行かない就職活動に身も心も疲弊し消耗し切った満男(吉岡秀隆)は、そのストレスとフラストレーションから父・博(前田吟)と大喧嘩をし、家出してしまう。しばらく経って満男からの便りが届き、瀬戸内海にある島に滞在していることを知りホッと胸をなでおろす母・さくら(倍賞千恵子)たちが、満男がなぜそこに行ったのかを疑問に思っている様子に、久しぶりに帰ってきた寅次郎(渥美清)が言った言葉。ある土地に行くにあたって特に目的が無くとも、その時々の気分だけでじゅうぶん理由となる、堅苦しく生きるのではなくリラックスして生きよと言っているような、寅次郎の気ままな人生観を象徴するようなセリフです。
泣くがいいさ 腹いっぱい泣くがいいさ。
自分をいじめることはねぇ
てめぇでてめぇを大事にしなくて
誰が大事にするもんか
寂しさなんてのはなぁ、歩いてるうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ。
女ってね、別れるとき男が自分のために傷ついてたらバンザイなんだよ。

「時代屋の女房」より
35歳気ままな独身の安さん(渡瀬恒彦)が営む古道具屋「時代屋」に、ある日、真弓(夏目雅子)という女が現われ、その日のうちにふたりは男女の関係になり、真弓はそのまま店に居ついてしまいます。
真弓は「それ以上踏み込まないのが都会の流儀」と、自分がどういう過去の持ち主なのか語ろうとせず、安さんも「何も言わず、何も聞かずが好きだから」と、無関心が粋とばかりに、あえて聞こうとはしません。
ふらっと店を出たまましばらく帰ってこない日が続いたかと思うと、何事もなかったかのように戻ってくる真弓。恋人関係ではあるが、淡々とした、平熱に冷めたような、不思議な距離感・温度感の日々が続きます。
そしてまた彼女がいなくなりました。何度目かの失踪です。安さんには慣れたものですが、今度はいつもより長そうです。
さすがに不安になり、やきもきし、苛立ち、時に悶々とする安さん。揃いも揃って変わり者ばかりな彼の仲間たちは、同情したり、励ましたり、笑い飛ばしたり、慰めたりと様々ですが、そんな中で、ある女性が放ったひと言がこのセリフです。
言わずもがな、主語は「女」だけに限らないでしょう。非情に手前勝手な、心無い言い様ですが、妙に共感・納得できるものがあります。それは、自分を失って相手が負った心の傷が大きければ大きいほど、相手にとっての自分の存在(自分への恋慕や愛情)が大きいことに他ならないからです。自分が相対的に持ち上がるからです。
実に残酷な心情をぬけぬけとあからさまに言い表したセリフですが、老若男女問わず、人間なんてすべからくそんな生きもの、と達観したくなるような名言です。
そして、上述の、真弓の「それ以上踏み込まないのが都会の流儀」、安さんの「何も言わず、何も聞かずが好きだから」というスタイルやスタンスは、恋愛に傷つかないための防御的な知恵として、編み出されたのかもしれません。
僕はあなたを幸せにする自信はありません。しかし、僕が幸せになる自信は絶対ある!






