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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

私はね、ハマちゃんが二枚目じゃないから好きになったのよ。

「釣りバカ日誌3(第3作)」より

「スーさんは若い頃ハンサムだったでしょうね」、と言われて焼きもちを焼いたハマちゃんにみち子さんがかける言葉。やさしさに溢れています。

その他のちょっと良いセリフ

どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。

「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎(第33作)」より

寅次郎(渥美清)旅先の宿で相部屋となったのは、男を作って逃げた女房を東京から遥々連れ戻しに北海道の根室までやってきたサラリーマン・福田栄作(佐藤B作)。本来は賑やかな都会が好きな性格の女房がこんな人里離れたド田舎で幸せに暮らしてるのかと訝しむ男に、寅次郎が言ったひと言。幸せに場所は関係ない。旅また旅で根無し草の人生を送ってきた寅次郎ならではの発言とも言える。

今、幸せかい?

「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ(第13作)」より

陶芸家と幸せな結婚をしたはずの歌子(吉永小百合)は夫に先立たれ姑の元で肩身の狭い思いをして暮らしていた。「もし何かあったら、葛飾柴又のとらやを訪ねてきな。悪いようにはしないから」と声をかける寅さん。本当はそばで助けてあげたい気持ちを抑えた、短いけれど優しさあふれるセリフです。

毎日続けて仕事があるってのは結構なことだよ

「故郷」より

瀬戸内海の小さな島に住む精一(井川比佐志)、民子(倍賞千恵子)の夫婦は、石船と呼ばれる小さな木造船で石を運び、年老いた父(笠智衆)と二人の子供と生活する糧としていました。大資本家が機械化の進んだ最新の大型船を使い効率よく合理的に作業を遂行するこの時世に、小さな古い石船に執着するのは無駄だと言われ、それを分っていながらも、この生活に深い愛着のある二人でした。
しかし、船のエンジンの不調と高額で見通しのつかない修理、今の石船を諦め工場で働かないかという義弟の勧めなどで、次第にこの故郷を離れる決心を迫られる精一と民子。瀬戸内工業地域の巨大なコンビナート群が、精一の心に重い影を落とします。そして、実際に工場を見学した精一は、重大な決断を迫られることになるのです。
このセリフは、上述したような、いわゆる産業の進化、資本主義の成熟に取り残された零細事業者の悲しみ、そして日々の質素な生活の単調さをボヤく精一に、一家馴染みの魚の行商・松下さん(渥美清)がかけた言葉です。
ふだん仕事に行き詰まったり追い込まれた時、逃げ出したい、放り投げたい、辞めたいという思念についつい支配されますが、そんな時に、先ずは一旦この言葉を胸に、目の前に仕事があることに感謝し、冷静になりたいものです。

人を愛することは 厳しいことなんだよ
それは戦いでさえある

「愛と誠」より

東京の財閥の娘・早乙女愛(早乙女愛)は、幼少時に蓼科の別荘でスキーをしている最中に危うく谷に転落する寸前、地元の不良少年・太賀誠(西城秀樹)に助けられるが、その時に彼の額には深く大きな傷が残った。
9年後、同じく蓼科で高校の部活合宿中に暴走族の襲撃に遭う愛を、偶然にも誠が再び助けるという運命的な再会を果たす二人だが、誠は警察に補導されてしまう。
愛は、過去と現在の二重の償いをすべく、父の権力で、誠を自分も通う名門・青葉台高校に転入させた。しかし、誠は手段を選ばぬ暴力で学園を支配し、その横暴は日増しに激化、誠を転入させた愛の立場も悪くなっていた。
そんな誠の常軌を逸した暴君っぷりが、かつて自分を救った際に負った傷に起因し、そのせいで誠の家族は離散、そんな運命への復讐として、無軌道な暴力人生を送っていると知った愛は、学園と親に内緒のアルバイトを始め、稼いだ金を誠に貢ぎ始めるが…。
このセリフは、愛へ一方的な恋心を寄せる同級生の岩清水弘(仲雅美)が、誠への贖罪に身を持ち崩しながらも暴走する愛を見かねて発した言葉。単に金を与え甘やかすことは共依存の負のサイクルが加速するだけで、愛のためにも誠のためにもならない、それは贖罪にもならないと諭す。
いくら引け目や負い目があるからといって、悪を悪だと諭せない不毛な関係の先には堕落しかない。映画の中ではそこまで描かれてはいませんが、自分が恋慕する相手でも道を逸れていれば甘い言葉を捨て厳しく諫めるこの岩清水弘という男は、なかなか見どころのある人物なのかもしれません。

ある年齢に達したら、一切仕事から離れて、鮭のように故郷に帰って暮らしたい。かねがね私はそう考えて参りました。

「釣りバカ日誌12 史上最大の有給休暇(第14作)」より

スーさんが目をかけていた高野常務(青島幸男)が会社を辞めて故郷の萩に帰ることになってしまった。「田舎に帰って何をするつもりなんだ」と聞くスーさんに、「何もしないんです」と答える高野。入社以来ずっと会社のために働いてきたので、今後は自分のためだけに、気楽に暮らしたいと。だが、故郷での暮らしを手に入れたのもつかの間、高野は体を壊して亡くなってしまう。「君が思い描いた晴釣雨読の日々は、こんなにあっけなく終わってしまった。人生はうまくいかないもんだな」とつぶやくスーさんの姿は、胸を打つシーンです。

自分をいじめることはねぇ
てめぇでてめぇを大事にしなくて
誰が大事にするもんか

「異人たちとの夏」より

幼いころ交通事故で死別した父・英吉(片岡鶴太郎)、母・房子(秋吉久美子)と約30年ぶりに“再会”を果たした原田英雄(風間杜夫)は、テレビドラマの人気脚本家として活躍中であることを褒められるも過度に謙遜し、そのうえ、自分がよき夫、よき父親ではなかったせいで離婚し、妻子と別れるに至ったことを、自責の思いとともに自虐的に話した。そんな自信喪失気味な英雄に、父・英吉がかけた、江戸っ子らしい威勢の中に温もりと父の愛がこめられた言葉。この言葉を胸に、(少なくともたまには)自分を褒め、心身ともに気遣い、日常と人生を頑張って生きたいものです。

自分の感情というものが、無いの?

「古都」より

京呉服問屋の一人娘として何不自由なく育てられた千重子(岩下志麻)は、両親から自分が本当の娘ではない(両親が自分の本当の親ではない)事を知らされていました。しかし、育ての親との仲は、千重子がその事実を知ったとて、変わらずに睦まじいものでした。それぐらいに親子の絆は太く強く、なにより、育ての両親は本当の子供ではない千重子を何不自由なく育てていたのでした。
その一方で、大学に進みたいという千重子の希望を、それなら家の商売を実地で身に着けるべしと却下。結婚についても、商家の独り娘なればこそ嫁に出すことはできない、と言います。そして、自分の人生の大きな選択に、ことごとく介入どころか初めから決めてしまっている親に対して、異を唱えずに従う千重子。それは、本当の子供ではないのに何不自由なく育ててくれた恩を感じているからなのでしょうか?それとも何かべつの理由があるのでしょうか?
このセリフは、そんな千重子を不思議がったのか、あるいは不憫に思ったのか、気の置けない友人でもあるボーイフレンドから発せられた、素朴な疑問でした。そして、どうやら千重子は、ただ単に恩人であるからと言って両親に穏健なる服従を誓っているだけではなく、そこにはやや複雑な思慮と心情が、一種の「ミステリアスな謎」としてありそうなのです。
名匠・田中登監督による、川端康成の原作小説を映画化し、米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたこの名作では、日本が世界に誇る古都・京都の歴史ある風光明媚な名所の数々を舞台に、その美しい四季折々を背景に、生き別れになった二人の姉妹の運命と心の機微を繊細に描きつつ、その「ミステリアスな謎」が紐解かれます。

思ってるだけで何もしないんじゃな、愛してないのと同じなんだよ。

「男はつらいよ 寅次郎の青春(第45作)」より

宮崎の旅館で、寅さんと満男が泉との恋について語る男同士のシーン。愛しているなら態度で示せよ、と語る叔父さんの言葉は重みがあります。

そりゃ今は悲しいだろうけどさ。月日がたちゃどんどん忘れて行くものなんだよ。忘れるってのは、本当にいい事だな。

「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎(第27作)」より

幼いころ生き別れになった最愛の弟を、ひょんなことで出会った寅次郎(渥美清)と共に探す芸者の浜田ふみ(松坂慶子)だが、弟は病死していた。悲嘆に暮れながらも、弟の婚約者の、結婚を前に相手を亡くした悲しみを思い遣るふみ。そんなふみに、自分は頭が悪いからすぐに色々な事を忘れると卑下しながらも、寅次郎がかけた、慰めでもあり励ましでもある言葉。忘れるという事は人生の知恵でもある、とも聞こえる。

来てしもうたがです。諦めてばっかりおるがは、嫌です。
あて、いっぺんぐらい、あての思う通りにしたかったがです。

「薄化粧」より

妻とまだ幼い息子を含む四人の殺人容疑で収監されていたが脱獄、指名手配中の坂根藤吉(緒形拳)は、逃亡先で小さな飲み屋を営むちえ(藤真利子)と出会う。別の女を作った夫に捨てられた経験により、愛し愛されるということを諦めていたちえは、坂根と交流するうちに、いつしか惹かれていたのだった。一方、欲望と獣性の赴くままに犯罪を犯し続けてきた坂根にとって、ちえは初めて会った菩薩のような女だった。しかし、坂根の逮捕に執念を燃やす刑事・真壁(川谷拓三)の追跡が間近に迫っていることを悟った坂根は、ちえの元から去ろうとする。このセリフは、そんな坂根を駅まで追いかけて着たちえによるものです。すべてを投げ捨ててまで、愛する男にすがろうとするちえの、愛を、幸せを、人生を諦めたくない心の叫びでした。しかし、真壁が坂根を追い詰める決定的な手掛かりとなったのは、皮肉なことに、他ならぬちえという存在だったのです…。

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