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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

ところであなたたち、何者ですか?

「CUBE 一度入ったら、最後」より

年齢も性別も職業も不明、何の接点もない見ず知らずの男5人女1人の計6人が、突然密室に閉じ込められました。理由不明、心当たりも全くない、きわめて不安かつ理不尽な状況で、紅一点である女(杏)が発したひと言です。口に出すかどうかはさておき、この状況下でそう思うのは当然です。
思えば、入学式で同じクラスの同級生たちに対して、あるいは入社式で同期たちに対してなど、任意で選ばれた複数の人間が互いに初めて顔を合わせる時に、これから過ごす時間や起こる出来事、歩む道のりなど自分たちを待ち受ける未来にワクワクする気持ちと共に、自分以外の連中は何者なんだろう?という興味関心を誰しも抱いたことがあると思います。
このセリフには、ある意味それに近いものがあると言えます。
しかし本作、残念なことに、彼ら見ず知らずの6人を待ち受けるのは、ワクワクとは程遠い、そんな感情が微塵も許されないような過酷な状況でした。熱感知レーザーや火炎放射器など、あり得ない凶悪な殺人トラップの数々がほぼノンストップで襲い来るのです。理不尽、ここに極まれり…。

その他のちょっと良いセリフ

労働者諸君!田舎のご両親は元気かな。たまには手紙をかけよ。

「男はつらいよ 寅次郎真実一路(第34作)」より

飲み屋で文無しだった寅次郎を救ってくれたことが縁となり意気投合した証券マン富永健吉(米倉斉加年)が、ある日激務と競争に疲弊し突然失踪した。富永夫人・ふじ子(大原麗子)と捜索に出る寅次郎(渥美清)だが、美しく気立ての良いふじ子とのあらぬ将来を妄想してつい気をよくしてしまい、タコ社長営む印刷所の住みこみ工員たちにかけた言葉。あながち軽い発言ではなく、この作品に通底する過剰労働への警鐘に通底する社会への提言、すなわち、仕事ばかりにかまけるのではなく、しっかり休んで、わが身や家族を顧みようというメッセージとも言える。

俺にだって一生にいっぺんくらい役作りってやつをさせてください

「蒲田行進曲」より

新作『新選組』映画に沸く撮影所。うだつの上がらない大部屋俳優のヤス(平田満)は、心酔し敬愛するスター俳優・銀ちゃんこと倉岡銀四郎(風間杜夫)のため、そしてその銀ちゃんの身代わりに自分が結婚することになった、彼の子を身ごもる落ち目の女優・小夏(松坂慶子)のために、軽くて半身不随、最悪で死亡という危険きわまりない池田屋階段落ちのシーンで、銀ちゃん演じる土方歳三に斬られ高さ10メートルから転げ落ちる役を、自ら申し出ます。ふだんは役作りをする必要も無い、名も無き雑魚役を演じて日々を過ごす大部屋俳優にとって、この生死のかかった階段落ちは、一日だけスターになれる一世一代のひのき舞台。このセリフは、死の恐怖にさいなまれるヤスが、撮影直前に最後の覚悟をする時間をもらうために、自分以外の全員に向けた魂の願いでした。大部屋俳優でも俳優は俳優。命がけの大仕事を前に、その矜持と尊厳がほとばしる、静かに重厚なセリフです。

おじさんは鈍くさいけど、世間体を気にしないしお世辞を言ったりしない。

「男はつらいよ 柴又より愛をこめて(第36作)」より

博(前田吟)、さくら(倍賞千恵子)、満男(吉岡秀隆)、諏訪家親子水入らず何気ない会話の中での、満男による寅次郎(渥美清)の人物評とも言えるセリフです。サラリーマンなど一般的な日本の社会人に必要とされる作法やしきたり、決まり事、そしてどうしようもなく生じる虚栄心のようなものが、まだ少年である満男の眼には、とても窮屈で不毛に思えており、そこから完全に自由かつ無縁に生きる寅次郎に対し、ある種の憧れを抱き始めていました。母のさくらが、寅次郎を尊敬しているのかと問うと、そこまでではないとはぐらかす満男ですが、このあと彼が煩悶しながらも少年から青年へと成長してゆく過程で、寅次郎という存在や生き方に度々助けられ、励まされ、一つの大きな指標となって行くのです。

責任や。『普通』っていうのは、そういうもんやろ?

「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」より

「普通」に生きることを命じられた、伝説の殺し屋ファブル(岡田准一)。かつて救えなかった少女を救うことを、ヨウコ(木村文乃)に止められたときに出たセリフ。

自分をいじめることはねぇ
てめぇでてめぇを大事にしなくて
誰が大事にするもんか

「異人たちとの夏」より

幼いころ交通事故で死別した父・英吉(片岡鶴太郎)、母・房子(秋吉久美子)と約30年ぶりに“再会”を果たした原田英雄(風間杜夫)は、テレビドラマの人気脚本家として活躍中であることを褒められるも過度に謙遜し、そのうえ、自分がよき夫、よき父親ではなかったせいで離婚し、妻子と別れるに至ったことを、自責の思いとともに自虐的に話した。そんな自信喪失気味な英雄に、父・英吉がかけた、江戸っ子らしい威勢の中に温もりと父の愛がこめられた言葉。この言葉を胸に、(少なくともたまには)自分を褒め、心身ともに気遣い、日常と人生を頑張って生きたいものです。

諦めずに愛してやれば、必ず直ります。一番大事なのは絶対に直るって信じることです。

「8年越しの花嫁 奇跡の実話」より

"尚志(佐藤健)が、かつて社長(北村一輝)に言った言葉を、社長が今の尚志へのエールとして贈る言葉。
病気と車の修理を一緒にしてはいけないという前置きをしながらも、ひたむきな愛がきっと奇跡をもたらすはずだと背中を押す言葉であると同時に、尚志という人間の優しくて真っすぐな性格を感じさせる素敵な言葉です。"

何もかもさ。

「青春残酷物語」より

学費滞納で除籍寸前の不良大学生・清(川津祐介)は、同じく不良の女子高生・真琴(桑野みゆき)と運命的に出会う。自分の言う事に素直に従わない年下の真琴を、苛立ちを隠さず、サディスティックに、荒々しく抱いた清。粗暴に抱かれた直後、清に何に対して怒っているのか問うた真琴への、清の返答。刹那の衝動に突き動かされ無軌道に生きる、あらゆる現実や既成概念に牙を剥き、触れるものすべてを傷付けてしまう鋭利なナイフのような清を象徴するセリフ。そこには、青春特有のまだ幼い感情に根差した眩しさと瑞々しさがあふれ出ており、年と経験を重ね常識と分別を得た大人にとっては、懐かしく、羨ましく思えるかもしれない。しかし、若さは往々にして手痛い代償を支払うことになることを、二人は知ることになる…

どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。

「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎(第33作)」より

寅次郎(渥美清)旅先の宿で相部屋となったのは、男を作って逃げた女房を東京から遥々連れ戻しに北海道の根室までやってきたサラリーマン・福田栄作(佐藤B作)。本来は賑やかな都会が好きな性格の女房がこんな人里離れたド田舎で幸せに暮らしてるのかと訝しむ男に、寅次郎が言ったひと言。幸せに場所は関係ない。旅また旅で根無し草の人生を送ってきた寅次郎ならではの発言とも言える。

燃えるような恋をしろ。大声出してのたうち回るような、恥ずかしくて死んじゃいたいような、恋をするんだよ。

「男はつらいよ 拝啓車寅次郎様(第47作)」より

大学時代の先輩の妹・菜穂(牧瀬里穂)とのロマンスを経験した満男(吉岡秀隆)、長年連れ添った夫との倦怠に悩む主婦(かたせ梨乃)との淡い恋を終えた寅次郎(渥美清)。共に琵琶湖畔で失恋を味わったふたり。大学を卒業し社会人となった甥との絆は更に深まったが、かわいい甥への愛情あふれる伯父の視線は変わらない。そんな寅次郎が、再び新たな旅に出る別れ際に満男に残した言葉。物語の前半で久しぶりに満男と再会した寅次郎が投げかけた「燃えるような恋愛してるか」と呼応する、大人の男の先輩としての根源的な力強いエールの言葉。

無くなウミガメ 明日があんで
明日できることは今日せんでもいいけどな
ボチボチ行け

「岸和田少年愚連隊」より

1975年、大阪・岸和田。中学生のチュンバ(矢部浩之)と小鉄(岡村隆史)は、喧嘩に明け暮れる札付きのワルたち。仲間のサイ(宮迫博之)、アキラ(宮川大輔)らと共に、敵対するアンドウ(吉田敬)、ゴリ(原西孝幸)、ゴリの連れ(藤本敏史)、ゴリの兄(山本太郎)らと、殴る蹴るのみならず、バット、鉄パイプ、石、鉄板など武器は何でもアリの熾烈な抗争を繰り広げていました。
そんなヤクザ顔負けの日々の中、ある夜、瀕死の重傷を負い、ほうほうのていで帰宅したチュンバに、TV番組「野生の王国」のウミガメが泣きながら命がけで産卵する姿を見ながら、オトン(石倉三郎)がかけた言葉。
こてんぱんにやられる時もある。そんな夜はじっと耐えて体を休め、ケガを癒し、気持ちを切り替えて、明日(以降で)やり返せ!
そんな父の激励がこめられたセリフです。やられたらやり返すということ自体の是非はともかく、思うように上手くいかない時も、納得いかない時も、へこたれずに強くたくましく育って欲しい親心がにじみ出ております。そのようにして、昭和の岸和田の少年たちは、大人たちから時に厳しく時に温かく怒られ助けられ、愛され笑われ、タフでハードな日々を過ごし、大人になっていくのでした。
それにしても…井筒和幸監督による、セピア色のノスタルジーと血沸き肉躍る生々しいバイオレンスアクションがあふれる青春グラフィティーの本作、本稿冒頭でも何名か列挙しましたが綺羅星のごとき超豪華キャストです。

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