松竹の2000本以上の映画作品から、オススメ映画をご案内

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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

全ての真実が、国民の安全と幸せにつながるとは限りません。

「ミッドナイトイーグル」より

日本のほぼ半分に壊滅的な打撃を与える特殊時限爆弾を積んだ米軍戦闘機が北アルプス山中に墜落。爆弾を起動させようとテロリストが戦闘機に迫り予断を許さぬ状況の中、政府に国民への真実の開示を強く求める雑誌記者(竹内結子)に対し、対策の指揮を執る内閣総理大臣(藤竜也)が諭すように述べたセリフ。真実というものが孕む二面性の負の側面、それを真実だからという理由で濫用することの危険性、真実の取り扱いには慎重な配慮が必要とされることを、端的に表現したひと言。もしこの場面で日本国民が「真実」を知らされたならば、間違いなく収集不可能な大パニックが起こっていたでしょう。

その他のちょっと良いセリフ

俺にだって一生にいっぺんくらい役作りってやつをさせてください

「蒲田行進曲」より

新作『新選組』映画に沸く撮影所。うだつの上がらない大部屋俳優のヤス(平田満)は、心酔し敬愛するスター俳優・銀ちゃんこと倉岡銀四郎(風間杜夫)のため、そしてその銀ちゃんの身代わりに自分が結婚することになった、彼の子を身ごもる落ち目の女優・小夏(松坂慶子)のために、軽くて半身不随、最悪で死亡という危険きわまりない池田屋階段落ちのシーンで、銀ちゃん演じる土方歳三に斬られ高さ10メートルから転げ落ちる役を、自ら申し出ます。ふだんは役作りをする必要も無い、名も無き雑魚役を演じて日々を過ごす大部屋俳優にとって、この生死のかかった階段落ちは、一日だけスターになれる一世一代のひのき舞台。このセリフは、死の恐怖にさいなまれるヤスが、撮影直前に最後の覚悟をする時間をもらうために、自分以外の全員に向けた魂の願いでした。大部屋俳優でも俳優は俳優。命がけの大仕事を前に、その矜持と尊厳がほとばしる、静かに重厚なセリフです。

社長の資格は第一に運の強さ。第二に周りを明るくする性格。

「釣りバカ日誌2(第2作)」より

鈴木建設の後継者についてスーさんが考える経営者の資質。なぜか浮かんでくるのは会社幹部ではなく、ハマちゃんの顔でした。

来てしもうたがです。諦めてばっかりおるがは、嫌です。
あて、いっぺんぐらい、あての思う通りにしたかったがです。

「薄化粧」より

妻とまだ幼い息子を含む四人の殺人容疑で収監されていたが脱獄、指名手配中の坂根藤吉(緒形拳)は、逃亡先で小さな飲み屋を営むちえ(藤真利子)と出会う。別の女を作った夫に捨てられた経験により、愛し愛されるということを諦めていたちえは、坂根と交流するうちに、いつしか惹かれていたのだった。一方、欲望と獣性の赴くままに犯罪を犯し続けてきた坂根にとって、ちえは初めて会った菩薩のような女だった。しかし、坂根の逮捕に執念を燃やす刑事・真壁(川谷拓三)の追跡が間近に迫っていることを悟った坂根は、ちえの元から去ろうとする。このセリフは、そんな坂根を駅まで追いかけて着たちえによるものです。すべてを投げ捨ててまで、愛する男にすがろうとするちえの、愛を、幸せを、人生を諦めたくない心の叫びでした。しかし、真壁が坂根を追い詰める決定的な手掛かりとなったのは、皮肉なことに、他ならぬちえという存在だったのです…。

今度あの子に会ったら、こんな話しよう、あんな話もしよう、そう思ってね、家出るんだ。いざその子の前に座ると、ぜんぶ忘れちゃうんだね。

「男はつらいよ 花も嵐も寅次郎(第30作)」より

自分と一緒にデートしていても、いつも寡黙で無口になってしまう三郎(沢田研二)が、何考えてるかわからない、ふたりの間に生まれる沈黙がつらい、と迷い悩む蛍子(田中裕子)を、寅次郎が諭した言葉。好きな人を前にして黙りこくる、そんな自分が情けなく泣きたくなる、まさに恋する男心を優しいまなざしで言い表した、寅次郎らしい表現。

君の気持ちもわかるよ。わかりすぎるほどよくわかるよ。
だがね、それもいっときの感情だよ。
明日になれば気持ちも変わるさ。何もかも忘れてしまうよ。

「秋津温泉」より

死に直面し、自ら死を望んでいた男(長門裕之)。彼を献身的に支え、はつらつとした精気を与え続け、生きる希望を植え付けた女(岡田茉莉子)。秋津温泉での二人の出会いは、間違いなく運命的でした。再生を果たした男は、女を愛し、また女も男を愛しました。女が男に注ぎ込んだ生きる力は、男の中で色気となり、女を魅了したのです。
しかし、男が愛したのは女だけではありませんでした。男は結婚しました。糟糠の妻との間に子を持ち、東京に暮らす男。そして数年に一度秋津温泉に現れ、都合よく自分を抱いて去ってゆく男に翻弄される女。気づくと十七年もの月日が経っていました。皮肉なことに出会った時とは反対に、女が死を望むようになっていたのです。それは男への愛の不毛に消耗し絶望したからです。
このセリフは、そんな女に男が去り際に放った、ある意味無責任と軽薄の極致とも言える放言です。他ならぬ男自らが弱らせ絶望させ、そのせいでこれから死のうとしている女に対しての去り際の言葉としては、了見を疑わざるを得ません。いや、この言葉以前に、死のうとしている女の前から去るという行動が衝撃的ですらあります。
ただ、そういった背景と文脈から切り離された、この物語とは無関係な、純粋な慰めと励ましの発言としてならば、これは過不足なく機能的な言葉かもしれません。

自分の感情というものが、無いの?

「古都」より

京呉服問屋の一人娘として何不自由なく育てられた千重子(岩下志麻)は、両親から自分が本当の娘ではない(両親が自分の本当の親ではない)事を知らされていました。しかし、育ての親との仲は、千重子がその事実を知ったとて、変わらずに睦まじいものでした。それぐらいに親子の絆は太く強く、なにより、育ての両親は本当の子供ではない千重子を何不自由なく育てていたのでした。
その一方で、大学に進みたいという千重子の希望を、それなら家の商売を実地で身に着けるべしと却下。結婚についても、商家の独り娘なればこそ嫁に出すことはできない、と言います。そして、自分の人生の大きな選択に、ことごとく介入どころか初めから決めてしまっている親に対して、異を唱えずに従う千重子。それは、本当の子供ではないのに何不自由なく育ててくれた恩を感じているからなのでしょうか?それとも何かべつの理由があるのでしょうか?
このセリフは、そんな千重子を不思議がったのか、あるいは不憫に思ったのか、気の置けない友人でもあるボーイフレンドから発せられた、素朴な疑問でした。そして、どうやら千重子は、ただ単に恩人であるからと言って両親に穏健なる服従を誓っているだけではなく、そこにはやや複雑な思慮と心情が、一種の「ミステリアスな謎」としてありそうなのです。
名匠・田中登監督による、川端康成の原作小説を映画化し、米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされたこの名作では、日本が世界に誇る古都・京都の歴史ある風光明媚な名所の数々を舞台に、その美しい四季折々を背景に、生き別れになった二人の姉妹の運命と心の機微を繊細に描きつつ、その「ミステリアスな謎」が紐解かれます。

いつも言ってるでしょ。そういう難しいソクラテスみたいな顔してたら魚は寄ってこないんだって。柔らかく柔らかく待ってないと。

「釣りバカ日誌10(第11作)」より

何と会社を辞めてしまったスーさん。ビル管理会社にシニア社員として働くが、そこで知り合った若者(金子賢)とその恋人(宝生舞)の結婚式のために北九州を訪れ、釣りを楽しむハマちゃんとスーさん。「人間の偉大なる行動力とは?」と哲学的な質問を問いかけるスーさんに、ハマちゃんが返すセリフ。

ゲロンチョリー!

「鴨川ホルモー」より

物語に登場する「オニ語」の1つ。すごくインパクトがあるので、鑑賞後も思わず口にしたくなる言葉です。

ゆっくり知っていけばいいさ。夫婦なんだから

「PとJK」より

運命のイタズラで恋に落ちた、真面目な警察官の功太(亀梨和也)と女子高生のカコ(土屋太鳳)。結婚から始まる恋だからこそ、知らなかった彼の抱える心の傷を聞いて戸惑うカコに、功太の同僚がかけた言葉。困難を乗り越えながらもお互いを理解しあい成長していくピュアでハッピーな感動ラブストーリーです。

幽霊よりも、人間のほうが恐いってことです。

「さんかく窓の外側は夜」より

幼い頃から幽霊が見える特異体質に悩まされている書店員・三角康介(志尊順)は、除霊師・冷川理人(岡田将生)と出会い、共に除霊作業の仕事をすることになった。ある日、ふたりは刑事・半澤(滝藤賢一)から、未解決殺人事件の捜査協力を持ちかけられる。それは、想像を絶する、常軌を逸した、怨念渦巻く阿鼻叫喚地獄の始まりだった。真相に迫ってゆくなか、康介が恐怖、そして諦念めいた感情とともに呟いたセリフ。それは、悪意や殺意といった確実な強い意思を持ち狂気を宿すのは、幽霊でも何でもなく、自分たち人間だという恐怖。いちばん恐いのは人間。あらゆる事象に通じる真理なのかもしれません。

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