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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

大丈夫、そんな心配することはありませんよ。

「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎(第32作)」より

墓参りに訪れた岡山・備中高梁の寺で、家事を仕切る出戻り娘の朋子(竹下景子)に一目惚れした寅次郎(渥美清)は、成り行きで坊さんの真似事をしてしばらく暮らすことになった。ある日、寺の住職・石橋泰道(松村達雄)と、写真家を目指す息子・一道(中井貴一)が言い争いとなり、一道は写真家への夢を叶えるために家を出て東京に向かうことに。そんな弟・一道を心配する姉の朋子に寅次郎がかけた言葉。それは男子たるもの父親と喧嘩して家出するぐらいじゃないと一人前になれないという、寅次郎の自らの過去を顧みつつの信条に根差していた。そんな寅次郎の温かくも力強い言葉に励まされた朋子は、次第に寅次郎に惹かれ…。

その他のちょっと良いセリフ

全ての真実が、国民の安全と幸せにつながるとは限りません。

「ミッドナイトイーグル」より

日本のほぼ半分に壊滅的な打撃を与える特殊時限爆弾を積んだ米軍戦闘機が北アルプス山中に墜落。爆弾を起動させようとテロリストが戦闘機に迫り予断を許さぬ状況の中、政府に国民への真実の開示を強く求める雑誌記者(竹内結子)に対し、対策の指揮を執る内閣総理大臣(藤竜也)が諭すように述べたセリフ。真実というものが孕む二面性の負の側面、それを真実だからという理由で濫用することの危険性、真実の取り扱いには慎重な配慮が必要とされることを、端的に表現したひと言。もしこの場面で日本国民が「真実」を知らされたならば、間違いなく収集不可能な大パニックが起こっていたでしょう。

考えたらダメっす。
取り込まれますよ。

「ミンナのウタ」より

居る(在る)はずのないモノ、すなわち見てはいけないモノを見てしまった関口と中務。当然恐れおののき狼狽する関口に対して、冷静な中務が諭した言葉です。
想定できない、想像を超えた(外れた)事象に直面すると、人は往々にしてその事そのものや原因・理由、真偽などを考えてしまい、不安や恐怖に支配され、思考も行動も不自由になってしまいます。まさに事象に「取り込まれ」るのです。
しかし、それを避けるための、自由でいるための知恵、それが「考えない」ことなのです。これは人生の様々な局面で有効な、普遍性・汎用性の高い知恵かもしれません。
さて、ここで見事な冷静さを見せた中務ですが、果たして彼らはその先で待ち受ける恐るべき異常な怪異事象の数々を、「考えない」ことで「取り込まれ」ずにいられるのでしょうか・・・

世間にはね、したくなくてもする必要がある事がたくさんあんのよ

「乾いた湖」より

事業家だった父が政界汚職に巻き込まれ自殺、残されたのは母、姉、妹(岩下志麻)の女三人家族と巨額の税。
そんな三人の生活を支えているのは、姉が稼いでくるお金。では、姉はどうやって稼いでくるのか?どんな仕事をしているのか?
その答えは、愛人稼業でした。しかも、その相手は、父を自殺に追いやった悪徳政治家。
姉は父を殺した男の愛人になり、その愛人手当で残された三人が生活できていたのです。
そしてその首謀者は、なんと母でした。まだ嫁入り前の姉を、男に愛人として差し向けたのです。
そんな衝撃の事実を知り半狂乱で反発する妹に、母が諫めるように放った、あまりに現実的すぎる言葉がこの酷薄なセリフです。
もしかしたら、夫を自殺に追い込まれ実質的に殺されたことで、母の理性と思考のタガが外れてしまったのかもしれません。
ただ、残された三人がお金を稼いで生きて行かねばならない事は現実。母は強し。
その傍らには、ただただ涙ながらに妹に謝る姉の姿がありました。

まぁ あれだな
つらいこともあるんだろうけど 辛抱してやれや
一所懸命辛抱してやってりゃ いいことあるよ

何か困ったことあったら いつでも来いや

「幸福の黄色いハンカチ」より

失恋した花田欣也(武田鉄矢)は会社を辞めた退職金で新車を買い、心の痛手を癒すために北海道へ旅に出ました。道東で訳アリっぽい小川朱美(桃井かおり)という女性と出会った鉄也は、網走刑務所から出所したばかりの島勇作(高倉健)とも知り合い、三人で旅を進めます。
勇作は夕張の炭鉱で働き結婚していましたが、流産をきっかけに妻・光枝(倍賞千恵子)が前夫との間でも流産していた事が発覚、秘密を嫌った勇作は光枝と諍いを起こし、やけになって出かけた夜の歓楽街でチンピラたちに絡まれ、そのうちの一人を殺してしまったのでした。
粛々と受刑の日々が進むなか、まだ若い光枝の将来の再婚と出産のためによかれと獄中で離婚を強行していた勇作ですが、刑期を終える直前に光枝に手紙を送りました。そして、その手紙に勇作が込めたメッセージの結末を確かめに、三人はいちかばちか勇作の妻のもとへ、はるばる夕張へと向かうことに。
道中、ひょんなことから勇作が車を運転することになりますが、そこで運悪く検問に引っ掛かり、服役中に免許が失効している勇作の無免許運転が発覚してしまいます。しかし、勇作が逃げようとも隠そうともせず正直に自白したこと、そして運よく奇遇にも所轄警察署の交通係長・渡辺(渥美清)が、かつて勇作が夕張で殺人事件を犯した時の担当警察官だったことで、無免許運転が軽微な処分で済まされたのです。
このセリフは、そんな勇作との久しぶりの再会を喜んだ渡辺係長の、多くを語らない勇作の性格と、服役中の模範的な囚人生活を推察し、さらには出所後の心境をも慮っての言葉です。まるで同じ渥美清演じる『男はつらいよ』シリーズの寅次郎度々口にしているようなセリフで、ある意味本作ならではの独自性はありませんが、名優・渥美清の、噛んで含めるような口調と表情、行間から溢れる滋味深い人間味も相俟って、じんわりとしっかりと、確実に心に沁みるのです。

君が必要か必要でないかは社長である私が決めることなんだ。君がどんなにダメな社員であったとしても、ひょっとして必要な場合があるかもしれないでしょう。

「釣りバカ日誌7(第8作)」より

自分は会社にとって必要ではないから辞職したいと申し出たハマちゃんに、社長のスーさんが放ったセリフ。経営者はこんな視点が必要ですね。

労働者諸君!田舎のご両親は元気かな。たまには手紙をかけよ。

「男はつらいよ 寅次郎真実一路(第34作)」より

飲み屋で文無しだった寅次郎を救ってくれたことが縁となり意気投合した証券マン富永健吉(米倉斉加年)が、ある日激務と競争に疲弊し突然失踪した。富永夫人・ふじ子(大原麗子)と捜索に出る寅次郎(渥美清)だが、美しく気立ての良いふじ子とのあらぬ将来を妄想してつい気をよくしてしまい、タコ社長営む印刷所の住みこみ工員たちにかけた言葉。あながち軽い発言ではなく、この作品に通底する過剰労働への警鐘に通底する社会への提言、すなわち、仕事ばかりにかまけるのではなく、しっかり休んで、わが身や家族を顧みようというメッセージとも言える。

会社というのはたくさんの歯車で成り立っている。その歯車をスムーズに噛み合わせるためには潤滑油が必要。この浜崎くんは潤滑油の役割を果たしているのではないかと思います。

「釣りバカ日誌8(第9作)」より

渓流釣りの後、山で遭難してしまったハマちゃんとスーさん。会社の一大事に大捜索が行われ、会社をサボっていたことがバレてしまった。懲罰委員会で解雇の危機に立たされたハマちゃんをかばうため、佐々木課長(谷啓)が重役たちの前で発言した言葉。普段はガミガミうるさい課長のハマちゃんへの愛情を感じる温かい言葉です。

幸せは希望の向こう側にある。

「大怪獣のあとしまつ」より

人類を未曽有の恐怖に陥れた大怪獣が、ある日突然、死にました。国民は歓喜に沸き、政府は怪獣の死体に「希望」と名付け、国全体が安堵に浸ったのです。しかし、安堵も束の間、この巨大怪獣の死体が腐敗による体温上昇で徐々に膨張が進み、ガス爆発の危機が迫っていることが発覚します。大怪獣の死体が爆発し、漏れ出したガスによって周囲が汚染される事態になれば国民は混乱し、国家崩壊にもつながりかねません。そこで、絶望的な時間との闘いの中、国民の運命を懸けて死体処理という極秘ミッションを任されたのは首相直轄組織・特務隊の隊員である帯刀アラタ(山田涼介)でした。このセリフは、ほとんどインポッシブルなミッションに挑むアラタの、諦めない気持ちの力強い表明です。また、先般大怪獣が「希望」ネーミングされた事にも引っかけた、ウィットとユーモアの効いたナイス発言とも言えるでしょう。いかなる無理難題を前にし、どんなに過酷な難局にあっても、このような強い気持ちと余裕を持っていたいものです。

毎日続けて仕事があるってのは結構なことだよ

「故郷」より

瀬戸内海の小さな島に住む精一(井川比佐志)、民子(倍賞千恵子)の夫婦は、石船と呼ばれる小さな木造船で石を運び、年老いた父(笠智衆)と二人の子供と生活する糧としていました。大資本家が機械化の進んだ最新の大型船を使い効率よく合理的に作業を遂行するこの時世に、小さな古い石船に執着するのは無駄だと言われ、それを分っていながらも、この生活に深い愛着のある二人でした。
しかし、船のエンジンの不調と高額で見通しのつかない修理、今の石船を諦め工場で働かないかという義弟の勧めなどで、次第にこの故郷を離れる決心を迫られる精一と民子。瀬戸内工業地域の巨大なコンビナート群が、精一の心に重い影を落とします。そして、実際に工場を見学した精一は、重大な決断を迫られることになるのです。
このセリフは、上述したような、いわゆる産業の進化、資本主義の成熟に取り残された零細事業者の悲しみ、そして日々の質素な生活の単調さをボヤく精一に、一家馴染みの魚の行商・松下さん(渥美清)がかけた言葉です。
ふだん仕事に行き詰まったり追い込まれた時、逃げ出したい、放り投げたい、辞めたいという思念についつい支配されますが、そんな時に、先ずは一旦この言葉を胸に、目の前に仕事があることに感謝し、冷静になりたいものです。

事件はきわめて難しい状況に直面し、連日の皆さんのご苦労にもかかわらず、遅々として捗りません。

「砂の器」より

殺人事件の被害者の身許が不明、殺される直前に誰かと会っていたことが判明したが、その人物も不明。そのふたりの会話のなかで交わされていた謎の言葉も、それが何を指すのか全くもって不明。
あらゆることが謎のまま捜査は難航どころか迷宮入りがちらつくほど暗礁に乗り上げていました。そんな八方塞がりの状況下、真夏のうだるような暑さのなか開かれた捜査会議で、とあるベテラン刑事が発した苦渋の言葉。
それは捜査陣にとっての目の前の現実を過不足なく客観的に表した発言であると同時に、この事件がいかに難解であるか、解決までの道のりが果てしなく遠く険しいことを想起させます。
しかし、知恵と気力体力を振り絞った不撓不屈の捜査の果てに、物語は衝撃と戦慄の真実へと至り、その核心は、人間の業と宿命の深淵へと導かれるのです。

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