松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。
なにも死ぬまでガツガツガツガツ働くこたあないんだよ、ねえ。
黙ってたって、いつかは死ぬんだから。

「男はつらいよ 寅次郎心の旅路(第41作)」より
旅の途中、自殺しようとした心身症のエリートサラリーマン・坂口兵馬(柄本明)と出会った寅次郎(渥美清)が、自殺を思いとどまらせ元気づけようと発した言葉。寅次郎ならではの力強い達観と脱力に満ちたセリフ。結果、坂口は寅次郎を頼りになる兄貴分として慕い、強引にオーストリアのウィーン旅行に誘い出かけることになる。ちなみに冒頭、大学受験に失敗し浪人となり、予備校通いで毎日満員電車に揺られる生活を送り始め、それがサラリーマンになっても退職するまで延々と続くことを想像し、「うらやましいなぁ…伯父さんだよ。だってそういう生き方を否定したんだろう?」と言う満男(吉岡秀隆)に対して、母さくら(倍賞千恵子)が、「伯父さんは否定したんじゃなくて、されたのよ、世の中に」といつになく辛辣な言葉を返す場面があるが、まさにこのさくらの言葉に対する寅次郎からの鮮やかな返答とも言えるセリフ。
その他のちょっと良いセリフ
おじさんは鈍くさいけど、世間体を気にしないしお世辞を言ったりしない。

「男はつらいよ 柴又より愛をこめて(第36作)」より
博(前田吟)、さくら(倍賞千恵子)、満男(吉岡秀隆)、諏訪家親子水入らず何気ない会話の中での、満男による寅次郎(渥美清)の人物評とも言えるセリフです。サラリーマンなど一般的な日本の社会人に必要とされる作法やしきたり、決まり事、そしてどうしようもなく生じる虚栄心のようなものが、まだ少年である満男の眼には、とても窮屈で不毛に思えており、そこから完全に自由かつ無縁に生きる寅次郎に対し、ある種の憧れを抱き始めていました。母のさくらが、寅次郎を尊敬しているのかと問うと、そこまでではないとはぐらかす満男ですが、このあと彼が煩悶しながらも少年から青年へと成長してゆく過程で、寅次郎という存在や生き方に度々助けられ、励まされ、一つの大きな指標となって行くのです。
燭台はこの人が盗んだのではなくわたしが差し上げました

「男はつらいよ 寅次郎恋愛塾(第35作)」より
長崎にて、ツキに見放され商売が全く上手くいかず、宿賃すらも事欠いたテキヤ仲間で悪友のポンシュウが、転売しようと教会に侵入し燭台を盗みます。現場を目撃され、警察のお縄となったポンシュウですが、教会の神父が警察に証言したこの言葉によって釈放されます。その後、心を入れ替え、神父に恩返しすべく教会で働くポンシュウ。
これまで幾度となく映画化されている、かの文豪ヴィクトル・ユーゴーの名作『レ・ミゼラブル』の名エピソードを華麗に引用したこのセリフは、『男はつらいよ』シリーズで一貫して描かれている、市井の人々の「寛容」と「善意」、そして「博愛」を象徴するセリフでもあります。
どんな死にも必ず意味があります。
命というものがたった一つでないのなら…我々はなんのために必死になって生きているのですか
今、幸せかい?
幽霊よりも、人間のほうが恐いってことです。
言霊ってあるんだよ!言葉の力ってすごいんだよ!
そのうち良いことあるから、な

「男はつらいよ 寅次郎春の夢(第24作)」より
新市場開拓にアメリカから日本にやってきたビタミン剤のセールスマン、マイケル・ジョーダン(ハーブ・エデルマン)は、日本での飛び込み営業がことごとく上手く行かず、宿代にも事欠く窮状だったが、ひょんなことからとらやに下宿することに。一方で、常日頃からアメリカぎらいを露悪的に公言していた寅次郎(渥美清)だが、素朴で真っ直ぐな人柄のマイケルと過ごすうちに、いつしか友情が育まれていった。結局日本での商売は何一つ上手く行かず失意と自信喪失のうち母の待つアメリカに帰国することになったマイケルとの別れ際に寅次郎が贈った言葉。失敗や不運が続いても、くよくよせず気持ちを切り替え前向きに生きて行く寅次郎の生き方を象徴したセリフであり、弱った友人を励ます、温かくも力強いエールです。
ハンカチ渡してもいいですか?

「遙かなる山の呼び声」より
北海道・中標津の酪農地帯で、亡き夫が遺した農場を女手一つで営む未亡人・風見民子(倍賞千恵子)とそのまだ幼い一人息子・武志(吉岡秀隆)のもとで住み込み作業員として働く、素性を明かさぬ謎の男・田島耕作(高倉健)。
寝食だけ提供してもらえれば無給でもいいから働かせて欲しいという田島を渋々と雇い入れ、しばらくは警戒心を隠さなかった民子でしたが、息子の武志が田島に懐き、また田島も武志を可愛がっていることや、民子に一方的な思いを寄せる虻田(ハナ肇)が民子に乱暴しかけた際に田島が颯爽と勇躍し虻田を撃退したこと、その復讐にと虻田がゴロツキ三兄弟でやって来たのを軽く返り討ちにし、終いには逆に三兄弟に慕われるようになった田島に心を開き、その朴訥としながらも実直で温かみのある魅力に惹かれるようになっていました。
しかし、身辺に警察の捜査が迫ってきていたことを悟った田島は、民子たちのもとを去る決意をします。2年前、田島は借金苦で自殺した妻を葬式で罵った金融業者を殴り殺し、警察から逃げていたのでした。それを聞いた民子はショックを受けますが、すでに惚れていた田島に居て欲しいとすがりつきます。ですが、その甲斐なく、ついに警察に逮捕された田島は、立ちつくす民子と泣きながら追いかける武志の元から去って行くのです。
このセリフは、ラストシーン、刑が確定し列車で網走刑務所へ護送されている田島を駅で発見した民子が、田島の護送車両に乗り込み隣の席に座り、涙ながらにいつまでも出所を待つと伝えた際に、護送刑務官に言った言葉です。ハンカチの色は、黄色。『幸福の黄色いハンカチ』と同様に映画史に燦然と輝くこの圧巻のラストシーンで、自分(民子)の涙、田島の涙、刑務官の涙、そしてこの映画を観ている我々の涙をもまとめて拭いてくれるような、まるでそんな巨大な黄色いハンカチが存在するような錯覚さえ覚える、圧倒的な映画の力が漲る場面とセリフです。