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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

毎日続けて仕事があるってのは結構なことだよ

「故郷」より

瀬戸内海の小さな島に住む精一(井川比佐志)、民子(倍賞千恵子)の夫婦は、石船と呼ばれる小さな木造船で石を運び、年老いた父(笠智衆)と二人の子供と生活する糧としていました。大資本家が機械化の進んだ最新の大型船を使い効率よく合理的に作業を遂行するこの時世に、小さな古い石船に執着するのは無駄だと言われ、それを分っていながらも、この生活に深い愛着のある二人でした。
しかし、船のエンジンの不調と高額で見通しのつかない修理、今の石船を諦め工場で働かないかという義弟の勧めなどで、次第にこの故郷を離れる決心を迫られる精一と民子。瀬戸内工業地域の巨大なコンビナート群が、精一の心に重い影を落とします。そして、実際に工場を見学した精一は、重大な決断を迫られることになるのです。
このセリフは、上述したような、いわゆる産業の進化、資本主義の成熟に取り残された零細事業者の悲しみ、そして日々の質素な生活の単調さをボヤく精一に、一家馴染みの魚の行商・松下さん(渥美清)がかけた言葉です。
ふだん仕事に行き詰まったり追い込まれた時、逃げ出したい、放り投げたい、辞めたいという思念についつい支配されますが、そんな時に、先ずは一旦この言葉を胸に、目の前に仕事があることに感謝し、冷静になりたいものです。

その他のちょっと良いセリフ

先生からは1点だけ、幸せになってください

「ウェディング・ハイ」より

結婚式で新婦の恩師(片桐はいり)が、新婦(関水渚)へ贈る言葉。心を込めた一言に、新婦の頬にも思わず涙が。

燭台はこの人が盗んだのではなくわたしが差し上げました

「男はつらいよ 寅次郎恋愛塾(第35作)」より

長崎にて、ツキに見放され商売が全く上手くいかず、宿賃すらも事欠いたテキヤ仲間で悪友のポンシュウが、転売しようと教会に侵入し燭台を盗みます。現場を目撃され、警察のお縄となったポンシュウですが、教会の神父が警察に証言したこの言葉によって釈放されます。その後、心を入れ替え、神父に恩返しすべく教会で働くポンシュウ。
これまで幾度となく映画化されている、かの文豪ヴィクトル・ユーゴーの名作『レ・ミゼラブル』の名エピソードを華麗に引用したこのセリフは、『男はつらいよ』シリーズで一貫して描かれている、市井の人々の「寛容」と「善意」、そして「博愛」を象徴するセリフでもあります。

恥ずかしいっていうことは
人間だけが知っていることだ
尊いことだよ

「カルメン故郷に帰る」より

雄大で風光明媚な浅間山麓・北軽井沢で牧場を営む青山家の娘・おきん(高峰秀子)は、家出をして東京でリリィ・カルメンという名のストリッパーになっていた。秋のある日、仲間の踊り子・マヤ朱実(小林トシ子)を連れ、故郷へ錦を飾りに帰ってくるおきん。派手な出で立ちでエキセントリックな行動をするハイカラ娘たちに村人たちは戸惑いを隠せずにいるが、自分たちを芸術家だと信じる2人は、村でストリップ公演を敢行すると言いだす。おきんの父・正一(坂本正)は、おきんが子供の頃に牛に頭を蹴られたことが原因で少し頭が弱くなったと疑っており、そんな娘を不憫に憂いていたが、ここにきて自分の娘がストリッパーであること、村人たちの前でストリップすなわち裸踊りを実演しようとしていることを、娘と顔を合わせられないほどに恥ずかしいと、涙ながらに嘆いていた。
これは、そんな正一を、芸術文化の養護推進を是とする信念の持ち主である村の小学校の校長先生(笠智衆)がなぐさめたセリフです。正一は、父としておきんを恥ずかしいと思うに加え、不憫に、そして申し訳なく思い、さらにはそんな自分をも恥ずかしいと思っていたのかもしれません。しかし、おそらく正一が抱く幾つもの感情をすべて洞察していた校長先生の言葉は、涙に咽ぶ正一を包み込むなぐさめの言葉であると同時に、娘を思う父への賛辞であり、激励でもあったのです。

人の運命などというものは誰にもわからない。そこに人生の悩みがあります

「続・男はつらいよ(第2作)」より

幼いころ自分を捨てて出奔した実の母親を探しに、京都にやって来た寅次郎(渥美清)だが、ただ母親に会いに来ただけではなく、いつもの旅先のように、街頭で啖呵売を行う。母親に会えるのかもしれない期待もあってか、お客を煽る口上も、いつも以上に滑らかで勢いが増す寅次郎。そんな口上の中に紛れ込んでいたフレーズ。何気ない事を言っているように思えて、実はここには滋味深い人生哲学がこめられています。それは悩みであると同時に面白さでもある、そう高らかに主張しているようにも受け取れるセリフです。

お前もいずれ、恋をするんだなぁ。あぁ、可哀想に。

「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋(第29作)」より

丹後から帰ってきた寅次郎は、珍しく憔悴し寝込んでいた。というのも、旅先で出会った、美しい未亡人かがり(いしだあゆみ)に恋し惚れ込んでしまっていたからだ。なおかつ、なんと今回はかがりの側も寅次郎に思いを寄せていた…。そんな稀にみる事態に憔悴し寝込んでいた寅次郎が、気づいたら少年に育っていた妹さくら(倍賞千恵子)の息子・満男(吉岡秀隆)に向けた言葉。一方的なものばかりとはいえ、恋というものに内在する悲喜交々の、特に悲しみ、すなわち失恋を何度も味わってきた寅次郎だからこその、これから青年となる満男の将来をを案じたつぶやき。

どんな死にも必ず意味があります。

「オクス駅お化け」より

頭も心も身体も日々それなりに忙しく生きる中、人は、自分の人生とは関係のない、無縁な人物、すなわち他人の死を、ややもすれば単なるいち事象としてドライに受け取ってしまうきらいがあります。
しかし、どんな人でも人生(歴史)があり、家族や友人・知人、愛する人・愛してくれる人がいて、死そのものは不運による場合も多々ありますが、自ら死を選んだ人には必ずそうするに至った理由があるのです。
他人の死に際し、いちいちその背景に思いを馳せる必要は無いとは思いますが、少なくともその人が生きていたという事には、ささやまな敬意を持ちたいものです。

今、幸せかい?

「男はつらいよ 寅次郎恋やつれ(第13作)」より

陶芸家と幸せな結婚をしたはずの歌子(吉永小百合)は夫に先立たれ姑の元で肩身の狭い思いをして暮らしていた。「もし何かあったら、葛飾柴又のとらやを訪ねてきな。悪いようにはしないから」と声をかける寅さん。本当はそばで助けてあげたい気持ちを抑えた、短いけれど優しさあふれるセリフです。

おじさんは鈍くさいけど、世間体を気にしないしお世辞を言ったりしない。

「男はつらいよ 柴又より愛をこめて(第36作)」より

博(前田吟)、さくら(倍賞千恵子)、満男(吉岡秀隆)、諏訪家親子水入らず何気ない会話の中での、満男による寅次郎(渥美清)の人物評とも言えるセリフです。サラリーマンなど一般的な日本の社会人に必要とされる作法やしきたり、決まり事、そしてどうしようもなく生じる虚栄心のようなものが、まだ少年である満男の眼には、とても窮屈で不毛に思えており、そこから完全に自由かつ無縁に生きる寅次郎に対し、ある種の憧れを抱き始めていました。母のさくらが、寅次郎を尊敬しているのかと問うと、そこまでではないとはぐらかす満男ですが、このあと彼が煩悶しながらも少年から青年へと成長してゆく過程で、寅次郎という存在や生き方に度々助けられ、励まされ、一つの大きな指標となって行くのです。

そのうち良いことあるから、な

「男はつらいよ 寅次郎春の夢(第24作)」より

新市場開拓にアメリカから日本にやってきたビタミン剤のセールスマン、マイケル・ジョーダン(ハーブ・エデルマン)は、日本での飛び込み営業がことごとく上手く行かず、宿代にも事欠く窮状だったが、ひょんなことからとらやに下宿することに。一方で、常日頃からアメリカぎらいを露悪的に公言していた寅次郎(渥美清)だが、素朴で真っ直ぐな人柄のマイケルと過ごすうちに、いつしか友情が育まれていった。結局日本での商売は何一つ上手く行かず失意と自信喪失のうち母の待つアメリカに帰国することになったマイケルとの別れ際に寅次郎が贈った言葉。失敗や不運が続いても、くよくよせず気持ちを切り替え前向きに生きて行く寅次郎の生き方を象徴したセリフであり、弱った友人を励ます、温かくも力強いエールです。

言霊ってあるんだよ!言葉の力ってすごいんだよ!

「一度死んでみた」より

「死んでくれくそおやじ!」と常に毒づいていた父の死に戸惑う七瀬(広瀬すず)に松岡(吉沢亮)がかけた言葉。日頃何気なく使ってしまっている言葉ってあるかな?と思い返して思わずハッとしたセリフ。

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