その他のちょっと良いセリフ
人を愛することは 厳しいことなんだよ
それは戦いでさえある

「愛と誠」より
東京の財閥の娘・早乙女愛(早乙女愛)は、幼少時に蓼科の別荘でスキーをしている最中に危うく谷に転落する寸前、地元の不良少年・太賀誠(西城秀樹)に助けられるが、その時に彼の額には深く大きな傷が残った。
9年後、同じく蓼科で高校の部活合宿中に暴走族の襲撃に遭う愛を、偶然にも誠が再び助けるという運命的な再会を果たす二人だが、誠は警察に補導されてしまう。
愛は、過去と現在の二重の償いをすべく、父の権力で、誠を自分も通う名門・青葉台高校に転入させた。しかし、誠は手段を選ばぬ暴力で学園を支配し、その横暴は日増しに激化、誠を転入させた愛の立場も悪くなっていた。
そんな誠の常軌を逸した暴君っぷりが、かつて自分を救った際に負った傷に起因し、そのせいで誠の家族は離散、そんな運命への復讐として、無軌道な暴力人生を送っていると知った愛は、学園と親に内緒のアルバイトを始め、稼いだ金を誠に貢ぎ始めるが…。
このセリフは、愛へ一方的な恋心を寄せる同級生の岩清水弘(仲雅美)が、誠への贖罪に身を持ち崩しながらも暴走する愛を見かねて発した言葉。単に金を与え甘やかすことは共依存の負のサイクルが加速するだけで、愛のためにも誠のためにもならない、それは贖罪にもならないと諭す。
いくら引け目や負い目があるからといって、悪を悪だと諭せない不毛な関係の先には堕落しかない。映画の中ではそこまで描かれてはいませんが、自分が恋慕する相手でも道を逸れていれば甘い言葉を捨て厳しく諫めるこの岩清水弘という男は、なかなか見どころのある人物なのかもしれません。
思い切ってなんでも言ったらいいさ、惚れてますとか、好きですとか。
幸せは希望の向こう側にある。

「大怪獣のあとしまつ」より
人類を未曽有の恐怖に陥れた大怪獣が、ある日突然、死にました。国民は歓喜に沸き、政府は怪獣の死体に「希望」と名付け、国全体が安堵に浸ったのです。しかし、安堵も束の間、この巨大怪獣の死体が腐敗による体温上昇で徐々に膨張が進み、ガス爆発の危機が迫っていることが発覚します。大怪獣の死体が爆発し、漏れ出したガスによって周囲が汚染される事態になれば国民は混乱し、国家崩壊にもつながりかねません。そこで、絶望的な時間との闘いの中、国民の運命を懸けて死体処理という極秘ミッションを任されたのは首相直轄組織・特務隊の隊員である帯刀アラタ(山田涼介)でした。このセリフは、ほとんどインポッシブルなミッションに挑むアラタの、諦めない気持ちの力強い表明です。また、先般大怪獣が「希望」ネーミングされた事にも引っかけた、ウィットとユーモアの効いたナイス発言とも言えるでしょう。いかなる無理難題を前にし、どんなに過酷な難局にあっても、このような強い気持ちと余裕を持っていたいものです。
「愛しちゅうが?」「愛してる。だって俺から女房取ったら何も残らないもん」「ええなあ。そんな風に愛されて」
どこにでも行ければいいってもんじゃないんだよ。
ここには山も海もある。お前の心は丈夫だし。

「つぐみ」より
生まれつき病弱で、常に死の恐怖を感じながら、死を覚悟しながら、生まれの地・西伊豆から出られずに人生を送っているつぐみ(牧瀬里穂)。
病弱で生まれてきたことへの引け目や、ある種の憐憫から、家族や周囲はつぐみを優しく甘やかし、そのせいで、傍若無人な我が儘さや、攻撃的な物言い、その一方で何があってもへこたれないタフな精神力を持った少女へと成長したつぐみですが、その不思議な生命力に、友人まりあ(中嶋朋子)をはじめ周囲の人間たちは何故か心をひきつけられ、どんなに乱暴な行動があっても、どんなに辛辣な発言をされても、つぐみを憎めず、嫌いになれないのでした。
すなわち、つぐみは、か弱い身体と強靭な精神力が一体となった、アンビバレンツで不思議な魅力の持ち主でした。とはいえど、病弱であることに変わりなく、このセリフは、つぐみと運命的に出会った恋人・恭一(真田広之)が、いつになく不調の波に襲われていたつぐみにかけた、地味で素朴な中にも愛情と励まし、そして切なる願いがこめられた言葉です。
いくら強気なつぐみでも、病弱なせいで地元・西伊豆を出られずに一生を終えることになりそうな事については、さびしく悲しく思っていることは確かで、そんな彼女を力強く全肯定する恭一からの言葉に、最後の決心をするつぐみでしたが・・・
今度あの子に会ったら、こんな話しよう、あんな話もしよう、そう思ってね、家出るんだ。いざその子の前に座ると、ぜんぶ忘れちゃうんだね。
どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。
“世間”って誰?どこの誰のこと?
そんな顔も見えない人たちのことなんてどうでもいい
私は自分の物差しで生きるの

「人間失格 太宰治と3人の女たち」より
妻子ある新進気鋭の小説家・太宰治(小栗旬)との不倫の挙句に子を身ごもった太田静子(沢尻エリカ)による、世間体を前面に押し出して不倫を非難・叱責する弟(千葉雄大)に対しての開き直った反論でもあり、自分の信条や生き方の肯定でもあるセリフ。
たった一度きりの人生、たとえ後ろ指さされようとも自分の感覚を信じて好きなように生きる、そんな高らかな自由の宣言です。
静子自身、太宰と同業の若き作家。創作に取り憑かれ優れた表現欲を持つ者が、活動の源泉として半ば代償のように常識と引き換えに背負わされる、ある種の反社会性や非道徳性。その是非はともかく、そこに恐ろしい魔力(魅力)があることは確かです。
ああ、この人を幸せにしたいなぁと思う。この人のためだったら命なんかいらない、もう俺死んじゃってもいい、そう思う。それが愛ってもんじゃないかい?






