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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

思い切ってなんでも言ったらいいさ、惚れてますとか、好きですとか。

「男はつらいよ 寅次郎子守唄(第14作)」より

恋心を告白できずに悶々と過ごす青年・大川(上條恒彦)に寅次郎(渥美清)がかけた言葉。それは至極ストレートな恋愛指南でした。何はなくとも先ずは思いを伝えないことには始まらない、当然進展もありません。これは自らアクションを起こさなければ事態も動かないという点で恋愛に限らず普遍性があり、仮に成功・成就せずとも諦めがつく、結果を問わず後悔しない生き方への指南とも言えます。ちなみに大川の恋の相手は、寅次郎も恋する看護師・木谷京子(十朱幸代)。寅次郎に背中を押された大川の告白の結果、京子の答えは…?

その他のちょっと良いセリフ

ああ、この人を幸せにしたいなぁと思う。この人のためだったら命なんかいらない、もう俺死んじゃってもいい、そう思う。それが愛ってもんじゃないかい?

「男はつらいよ 葛飾立志篇(第16作)」より

縁戚である御前様(笠智衆)の紹介でとらやの下宿人となった筧礼子(樫山文江)は、助手として考古学者の田所教授(小林桂樹)に熱心に師事する学者の卵だった。礼子に恋する寅次郎は、ひょんなことから田所教授とも知り合うが、なんと教授は礼子に思いを募らせていた。自分の気持ちに確信が持てずに告白する決心がつかず悶々としていた教授に、寅次郎が提言した言葉。愛という曖昧な感情をシンプルで具体的な思いに言い換え、とても分かり易く表現したその力強い言葉に背中を押され、教授は自分の気持ちを愛だと確信。勇気を出して礼子に恋文を手渡す。

僕はあなたを幸せにする自信はありません。しかし、僕が幸せになる自信は絶対ある!

「釣りバカ日誌(第1作)」より

みちこさんがスーさんに話した、ハマちゃんのプロポーズの言葉です。こんなプロポーズされたら、絶対にOKっていいたくなりますよね。

私はね、ハマちゃんが二枚目じゃないから好きになったのよ。

「釣りバカ日誌3(第3作)」より

「スーさんは若い頃ハンサムだったでしょうね」、と言われて焼きもちを焼いたハマちゃんにみち子さんがかける言葉。やさしさに溢れています。

「愛しちゅうが?」「愛してる。だって俺から女房取ったら何も残らないもん」「ええなあ。そんな風に愛されて」

「釣りバカ日誌14 お遍路大パニック!(第16作)」より

多忙な日々に疲れたスーさんは、ハマちゃんと四国八十八カ所のお遍路の旅に出る。高知で知りあった男まさりのトラック運転手のみさき(高島礼子)と親しくなり、みさきの実家が営む旅館に泊まる。先に寝てしまったスーさんをよそに、楽しくお酒を飲んで語っている時、夫に先立たれて寂しさを抱えているみさきがハマちゃんと交わしたセリフ。少し艶っぽい雰囲気になったものの、やはりハマちゃんの愛妻ぶりはブレなくて安心したシーンです。

“世間”って誰?どこの誰のこと?
そんな顔も見えない人たちのことなんてどうでもいい
私は自分の物差しで生きるの

「人間失格 太宰治と3人の女たち」より

妻子ある新進気鋭の小説家・太宰治(小栗旬)との不倫の挙句に子を身ごもった太田静子(沢尻エリカ)による、世間体を前面に押し出して不倫を非難・叱責する弟(千葉雄大)に対しての開き直った反論でもあり、自分の信条や生き方の肯定でもあるセリフ。
たった一度きりの人生、たとえ後ろ指さされようとも自分の感覚を信じて好きなように生きる、そんな高らかな自由の宣言です。
静子自身、太宰と同業の若き作家。創作に取り憑かれ優れた表現欲を持つ者が、活動の源泉として半ば代償のように常識と引き換えに背負わされる、ある種の反社会性や非道徳性。その是非はともかく、そこに恐ろしい魔力(魅力)があることは確かです。

お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか?

「植物図鑑 運命の恋、ひろいました」より

マンションの前で行き倒れていた樹(岩田剛典)が、さやか(高畑充希)に声をかけたセリフ。共同生活を始めることになった二人の、運命的な出会いのシーン。

どこにいたって、愛がありゃあ、天国なんじゃないの?そういうもんだよ。

「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎(第33作)」より

寅次郎(渥美清)旅先の宿で相部屋となったのは、男を作って逃げた女房を東京から遥々連れ戻しに北海道の根室までやってきたサラリーマン・福田栄作(佐藤B作)。本来は賑やかな都会が好きな性格の女房がこんな人里離れたド田舎で幸せに暮らしてるのかと訝しむ男に、寅次郎が言ったひと言。幸せに場所は関係ない。旅また旅で根無し草の人生を送ってきた寅次郎ならではの発言とも言える。

来てしもうたがです。諦めてばっかりおるがは、嫌です。
あて、いっぺんぐらい、あての思う通りにしたかったがです。

「薄化粧」より

妻とまだ幼い息子を含む四人の殺人容疑で収監されていたが脱獄、指名手配中の坂根藤吉(緒形拳)は、逃亡先で小さな飲み屋を営むちえ(藤真利子)と出会う。別の女を作った夫に捨てられた経験により、愛し愛されるということを諦めていたちえは、坂根と交流するうちに、いつしか惹かれていたのだった。一方、欲望と獣性の赴くままに犯罪を犯し続けてきた坂根にとって、ちえは初めて会った菩薩のような女だった。しかし、坂根の逮捕に執念を燃やす刑事・真壁(川谷拓三)の追跡が間近に迫っていることを悟った坂根は、ちえの元から去ろうとする。このセリフは、そんな坂根を駅まで追いかけて着たちえによるものです。すべてを投げ捨ててまで、愛する男にすがろうとするちえの、愛を、幸せを、人生を諦めたくない心の叫びでした。しかし、真壁が坂根を追い詰める決定的な手掛かりとなったのは、皮肉なことに、他ならぬちえという存在だったのです…。

幸せは希望の向こう側にある。

「大怪獣のあとしまつ」より

人類を未曽有の恐怖に陥れた大怪獣が、ある日突然、死にました。国民は歓喜に沸き、政府は怪獣の死体に「希望」と名付け、国全体が安堵に浸ったのです。しかし、安堵も束の間、この巨大怪獣の死体が腐敗による体温上昇で徐々に膨張が進み、ガス爆発の危機が迫っていることが発覚します。大怪獣の死体が爆発し、漏れ出したガスによって周囲が汚染される事態になれば国民は混乱し、国家崩壊にもつながりかねません。そこで、絶望的な時間との闘いの中、国民の運命を懸けて死体処理という極秘ミッションを任されたのは首相直轄組織・特務隊の隊員である帯刀アラタ(山田涼介)でした。このセリフは、ほとんどインポッシブルなミッションに挑むアラタの、諦めない気持ちの力強い表明です。また、先般大怪獣が「希望」ネーミングされた事にも引っかけた、ウィットとユーモアの効いたナイス発言とも言えるでしょう。いかなる無理難題を前にし、どんなに過酷な難局にあっても、このような強い気持ちと余裕を持っていたいものです。

考えたらダメっす。
取り込まれますよ。

「ミンナのウタ」より

居る(在る)はずのないモノ、すなわち見てはいけないモノを見てしまった関口と中務。当然恐れおののき狼狽する関口に対して、冷静な中務が諭した言葉です。
想定できない、想像を超えた(外れた)事象に直面すると、人は往々にしてその事そのものや原因・理由、真偽などを考えてしまい、不安や恐怖に支配され、思考も行動も不自由になってしまいます。まさに事象に「取り込まれ」るのです。
しかし、それを避けるための、自由でいるための知恵、それが「考えない」ことなのです。これは人生の様々な局面で有効な、普遍性・汎用性の高い知恵かもしれません。
さて、ここで見事な冷静さを見せた中務ですが、果たして彼らはその先で待ち受ける恐るべき異常な怪異事象の数々を、「考えない」ことで「取り込まれ」ずにいられるのでしょうか・・・

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