松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。
調べるのやめました

「八つ墓村」より
複雑怪奇かつ難解な連続猟奇殺人事件の謎を解き、見事に解決した金田一耕助(渥美清)による、事件解決後の飄々としつつも諦念めいた意味深な発言。誰の為にもならない、誰の得にもならない、むしろ害悪にしかならないような真実は、調べる必要があるのか?いや、無い。調べたら調べたで、それを隠さなければならない、そのような真実に価値はあるのか?いや、無い。まるでそんな問答がひとしきり込められたような、短いながらも含蓄豊かなセリフです。探偵にとっては職務放棄、依頼者への背信行為とも言える、敢えて調査を止めるという選択。そこに金田一耕助を名探偵たらしめている優しさと聡明さを感じずにはいられません。
その他のちょっと良いセリフ
エロ100%でしょ

「マダムと女房」より
モダンの風が吹き荒れる時代の東京。郊外に建つ文化住宅に、劇作家・芝野(渡辺篤)が女房(田中絹代)とまだ幼い子供たちを連れて引っ越してきました。ある日、執筆中に隣家からジャズの音が流れてきて、苛立った芝野が抗議に行くと、現れたのは妖艶な美貌のモダンな洋装マダム(伊達里子)でした。部屋に招き入れられ、ミイラ捕りがミイラになったかのようにジャズの演奏に聴き惚れ、ついでに艶っぽいマダムも気になって仕方がない芝野。いっぽうその頃女房は、旦那が助平心でマダムのエロスにメロメロになっているに違いないと踏み、家で嫉妬の炎を燃やしていたのでした。このセリフは、そんな女房が放った、帰宅した旦那を激しく責めたてるひと言です。
先進的なモダンカルチャーの象徴の一つと言える、日本初の本格的トーキー映画である本作ですが、音声のみならずセリフ自体の表現にも、1931年の作とは思えぬほどの時代を超えた先鋭的なモダンさが、力強く宿っておりました。
ったく。仕事から帰ってきたら風呂も沸いてない。

「GONIN」より
久しぶりに帰った自宅で、風呂に入ろうとし浴室を覗いた時に萩原昌平(竹中直人)がつぶやいた独り言。
この発言は、独り言だからまだよかったものの、その下地・背景にあると思われる、夫(父)は外で仕事をし金を稼ぎ、妻(母)は家を守り子を育て、夫の疲れを癒すべく甲斐甲斐しく世話をする、なんて思想は論外でしょう。
もっとも、夫婦によってはそれぞれの役割を当人納得の上で分担している場合もあるので、他人の夫婦(家庭)のありように第三者が軽々しく口を出すべきではありませんが…。
ちなみに、夫であり父である萩原昌平は、上記の発言(だけ)によれば、おそらく一般的には、一生懸命に仕事をし金を稼ぎ一家を養っているという自負心の塊のように思われますが、実際は仕事をしていない、リストラされたサラリーマンです。そのことを家族に言い出せずに、出張続きで仕事が忙しいと嘘をつき、家に帰らず毎日外で暇をつぶす日々を過ごしています。
この発言は、その鬱屈に起因する悪辣な暴言なのかもしれません。あるいは、自分が仕事をしているという嘘にリアリティを持たせるための演出なのかもしれません。
そして、その一方で、実は彼の家族は・・・
