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松竹映画に出てくる「いいセリフ」をご紹介します。

そうよ、人生は賭よ。

「男はつらいよ 純情篇(第6作)」より

印刷工場から独立を夢見る博(前田吟)を、義理人情に欠けリスクもあると諭すサクラ(倍賞千恵子)に対して、危険や不安を恐れていてはなにもチャレンジできないと反論する博に、まるで自らを鼓舞するかのように同調し応援する寅次郎(渥美清)の言葉。

その他のちょっと良いセリフ

いつも言ってるでしょ。そういう難しいソクラテスみたいな顔してたら魚は寄ってこないんだって。柔らかく柔らかく待ってないと。

「釣りバカ日誌10(第11作)」より

何と会社を辞めてしまったスーさん。ビル管理会社にシニア社員として働くが、そこで知り合った若者(金子賢)とその恋人(宝生舞)の結婚式のために北九州を訪れ、釣りを楽しむハマちゃんとスーさん。「人間の偉大なる行動力とは?」と哲学的な質問を問いかけるスーさんに、ハマちゃんが返すセリフ。

世間にはね、したくなくてもする必要がある事がたくさんあんのよ

「乾いた湖」より

事業家だった父が政界汚職に巻き込まれ自殺、残されたのは母、姉、妹(岩下志麻)の女三人家族と巨額の税。
そんな三人の生活を支えているのは、姉が稼いでくるお金。では、姉はどうやって稼いでくるのか?どんな仕事をしているのか?
その答えは、愛人稼業でした。しかも、その相手は、父を自殺に追いやった悪徳政治家。
姉は父を殺した男の愛人になり、その愛人手当で残された三人が生活できていたのです。
そしてその首謀者は、なんと母でした。まだ嫁入り前の姉を、男に愛人として差し向けたのです。
そんな衝撃の事実を知り半狂乱で反発する妹に、母が諫めるように放った、あまりに現実的すぎる言葉がこの酷薄なセリフです。
もしかしたら、夫を自殺に追い込まれ実質的に殺されたことで、母の理性と思考のタガが外れてしまったのかもしれません。
ただ、残された三人がお金を稼いで生きて行かねばならない事は現実。母は強し。
その傍らには、ただただ涙ながらに妹に謝る姉の姿がありました。

寂しさなんてのはなぁ、歩いてるうちに風が吹き飛ばしてくれらぁ。

「男はつらいよ 寅次郎の告白(第44作)」より

家出した泉(後藤久美子)と泉を鳥取まで追いかけてきた満男(吉岡秀隆)を見送る時、満男に「おじさんは寂しくなる時はないの?」と聞かれて答えるセリフ。フーテン生活を送る寅さんが寂しさをどうやり過ごしてきたのかを想像させる、深いセリフです。

命を軽んじるのが武士ではありません。
命に感謝し、毎日を懸命に生きよう
それが武士の、いえ、人の在るべき姿です。
人は生きてこそ誰かの役に立てるのです。

「大名倒産」より

家族とお国を守るために、分かっていながらも権力者の命に逆らえず罪を犯したことへの贖罪として自死を選ぼうとした実直な侍を、ぎりぎりのところで踏みとどまらせた小四郎(神木隆之介)のセリフ。
自ら選ぶ死はいかなる理由があれど、余程の特殊な場合を除き、決して本当の意味での贖罪にはなり得ません。それで満足するのは残念ながら死にゆく当人のみです。つまり単なる自己満足なのです。
ならば、その命を絶たず、家族のために、世話や恩や受けた誰かのために使う、それが生を受けた者の使命であり、生きる意味です。
思い詰めた時だけでなく、日々復唱したいほどの金言です。

どっちの後悔を選ぶかよ。それが人生なんでしょう

「キネマの神様」より

スター女優の園子(北川景子)が、人生の先輩として淑子(永野芽郁)にかけるセリフ。まさに、「人生」とは何かを考えさせられる言葉。

だって、後悔しない人生なんてないんじゃありません?

「釣りバカ日誌9(第10作)」より

スーさんが後継者として目をかけていた営業部長の馬場(小林稔侍)が、会社を辞めて好きな女性(風吹ジュン)の故郷の鹿児島で再婚する人生を選んだことに失望したスーさんが、家で「あいつは絶対後悔するよ」と言った時に妻の久江(奈良岡朋子)がかけた言葉。人生の選択で迷った時に背中を押してくれるセリフです。

生きてる?そら結構だ。

「男はつらいよ 寅次郎紅の花(第48作)」より

寅次郎(渥美清)が久しぶりにくるまやに電話すると出たのは、自分と会ったことがないどころか自分のことを知らない若い店員で、さくら(倍賞千恵子)ほか皆が出払っていると言う。店員との会話も続かず、言うに事欠いて皆が生きていることを確認した寅次郎が言い放ったセリフです。通り一遍の社交辞令のような、よくある生存確認ではありますが、寅次郎がひと安心したのは事実でした。家族、とりわけ年老いた両親や親せきと離れて暮らしている人には、この思い、共感するものがあるのではないでしょうか?大事な人々が「生きてる」ことは、それだけで「結構」なことなのです。

なにも死ぬまでガツガツガツガツ働くこたあないんだよ、ねえ。
黙ってたって、いつかは死ぬんだから。

「男はつらいよ 寅次郎心の旅路(第41作)」より

旅の途中、自殺しようとした心身症のエリートサラリーマン・坂口兵馬(柄本明)と出会った寅次郎(渥美清)が、自殺を思いとどまらせ元気づけようと発した言葉。寅次郎ならではの力強い達観と脱力に満ちたセリフ。結果、坂口は寅次郎を頼りになる兄貴分として慕い、強引にオーストリアのウィーン旅行に誘い出かけることになる。ちなみに冒頭、大学受験に失敗し浪人となり、予備校通いで毎日満員電車に揺られる生活を送り始め、それがサラリーマンになっても退職するまで延々と続くことを想像し、「うらやましいなぁ…伯父さんだよ。だってそういう生き方を否定したんだろう?」と言う満男(吉岡秀隆)に対して、母さくら(倍賞千恵子)が、「伯父さんは否定したんじゃなくて、されたのよ、世の中に」といつになく辛辣な言葉を返す場面があるが、まさにこのさくらの言葉に対する寅次郎からの鮮やかな返答とも言えるセリフ。

春になっとね 見渡す限り緑になって 花がいっぱい咲いて
牛がモリモリ草を食べて 乳ばドンドン出して
そん時になっと 住んどる人間もこん広か土地と 一緒に生き返ったような気がして
そん時は誰でも ああ 今年こそは何かよかことのありそうなって そう思うって
ねぇ父ちゃん そん時ば楽しみにせんば ね

「家族」より

九州は長崎県の南端に伊王島で生まれ育ち、炭鉱で働き細々と暮らす風見精一(井川比佐志)・民子(倍賞千恵子)夫婦は、炭鉱が閉山し失職、生活の糧を得るために遠く北海道は中標津の開拓村に移住し、酪農業を営むことを決断しました。
老いた父(笠智衆)と幼ない二人の子供を連れ、住みなれた島への愛惜と、前途への不安をおしての辛い旅立ちでしたが、長崎から博多、福山、万国博で賑わう大阪、東京、東北の寒村を経て北海道の玄関口・函館から東の果て根釧原野の開拓村まで日本列島縦断3000キロの長旅は、想像を遥かに絶する過酷な道行となってしまいました。
わずか数日の間に、幼い愛娘と老いた父親を失い、5人が3人となってしまった家族。夫婦は憔悴し、悲しみと絶望、そして北海道の過酷な冬の厳しさと未知の酪農にうちひしがれます。そして、生活のためとはいえ、この決断をくだしたせいで家族の二人の命を失うことになった自分を責め立てる精一。
このセリフは、そんな夫に対して、自分も同じぐらい悲しみの淵に追い込まれていながらも、妻がかけた励ましの言葉です。あまりに辛く厳しい出来事に見舞われても、それを耐え忍べば必ず運命は好転する。やがて冬は終わり、あらゆる生命力があふれる、美しくも力強い春がやって来る。人生の様々な苦境を前にした際に、胸にしたい言葉です。

全ての真実が、国民の安全と幸せにつながるとは限りません。

「ミッドナイトイーグル」より

日本のほぼ半分に壊滅的な打撃を与える特殊時限爆弾を積んだ米軍戦闘機が北アルプス山中に墜落。爆弾を起動させようとテロリストが戦闘機に迫り予断を許さぬ状況の中、政府に国民への真実の開示を強く求める雑誌記者(竹内結子)に対し、対策の指揮を執る内閣総理大臣(藤竜也)が諭すように述べたセリフ。真実というものが孕む二面性の負の側面、それを真実だからという理由で濫用することの危険性、真実の取り扱いには慎重な配慮が必要とされることを、端的に表現したひと言。もしこの場面で日本国民が「真実」を知らされたならば、間違いなく収集不可能な大パニックが起こっていたでしょう。

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