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2023年に生誕120年を迎える小津安二郎。世界を魅了する映画作りの秘密

2023.10.13

小津安二郎監督

はじめに

日本が世界に誇る映画監督は誰か?そう問われたとき、黒澤明とともに名前が挙げられるのは、間違いなく小津安二郎でしょう。名作『東京物語』は時を超えて、今も世界中の映画ファンを魅了し続けています。説明的なセリフに頼ることなく空気そのものをとらえる、卓越した映像表現によって市井の人々の生活をとらえてきた名匠。そんな小津監督の映画の魅力を、じっくりと紹介します。

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小津安二郎の映画はなぜ凄いのか?

小津安二郎という映画監督の名は、誰でも一度は耳にしたことがあるでしょう。それほどまでに有名な存在ですが、名作を残したという事実以外のことは意外に知られていません。改めて、この名匠の“凄み”を整理してみましょう。

世界で高い評価を得る「東京物語」

小津監督の代表作といえば、とにかく『東京物語』を挙げないわけにはいきません。英国映画協会(BFI)は10年ごとに、世界中の映画監督から投票を募り、その結果を「映画監督が選ぶ史上最高の映画」として発表していますが、358人が参加した2012年の選考では、10年前と20年前に1位だったオーソン・ウェルズの『市民ケーン』を抑え、『東京物語』が堂々の第1位に選ばれました。これは同作が世界中のフィルムメーカーから愛され、同時に現在も映画作りの指標となっていることの表われでもあります。

BFIでは、これと併せて「評論家(この年は846人)が選ぶ史上最高の映画」も実施していますが、こちらでも2012年は第3位に選ばれました。ちなみに、10年後の2022年の映画監督の投票でも第4位に入っており、今なお世界的に高く評価されています。他にも、世界中の映画祭や映画誌でこの手の企画が行なわれる度に、必ずと言ってよいほどランクイン。ニューヨーク近代美術館に本作のフィルムが収蔵されていることも、その高い芸術性の裏付けと言えるでしょう。

『東京物語』については、こちらの記事で詳しくご紹介していますので、ぜひご覧ください。

 

独特な撮影手法「小津調」

小津監督の撮影方法には独特のスタイルがありました。子どもの頃から絵心があり、写真にも興味があった彼は学生時代から芸術指向を映画に向けるようになり、成長した後に撮影スタッフとして映画界に入ります。そんなバックボーンもあり、監督になってからの映像作りには、確固たるこだわりを持っていました。

カメラを低い位置に据えて正面から役者をとらえるロー・ポジションの撮影は、あまりに有名です。また、構図をきっちりと決めてカメラを固定して撮る、写真撮影のような独自の方法にこだわり続けていました。

移動する人物を撮る際も、たとえばキャラクターが歩いている姿をカメラで追いかけるときは、その場面の構図が変わらないよう慎重を期し、すれ違う通行人を決してフレーム内に入れないようにしていたとのことです。

 

細部に至るこだわりと美学

つねに構図を最優先する小津作品なので、そこに映る美術や小道具といったディテールにもこだわりが。小津作品では、まずセットをきっちりと作らなければ撮影を始めることができませんでした。

壁に掛けられる絵画や置き物は、小道具用のフェイクではなく本物を使用するといった念の入れよう。食卓に置かれているグラスの位置や、その中の液体の量も1ミリ単位で設定されたというから驚きです。

役者の存在も構図の一部として考えており、ときには構図内の俳優よりも美術が優先されたことがあったと言われています。観客が気づかないような細かい部分まで、こだわりを持って作り込むことこそ、小津監督の映像美学と言えるでしょう。

 

時代も国境も超える「普遍性」を描いた小津安二郎映画

家族は他人の始まりと言われていますが、時の経過とともに家族が離れていくさまは、小津監督が生涯描きづけてきたテーマでした。老夫婦を主人公にした『東京物語』では、成長して家庭を持ち日々の生活に追われている子どもたちとの疎遠が描かれていました。他の作品でも娘を嫁がせる親の感情や、夫婦間の葛藤など、なにげない日常の中の家族の景色を見てとることができます。

これは国が違えども、誰もが生きていくうえで経験する普遍的な題材。そういう意味でも、小津作品が時代や国境を超えて高い評価を得ているのは、納得がいくのではないでしょうか。

イタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレ監督が『東京物語』をモチーフにして『みんな元気』を撮り、それがハリウッドでもリメイクされ、またヴィム・ヴェンダース監督が『東京画』で小津監督にオマージュを捧げ、他にもホウ・シャオシェン監督やジム・ジャームッシュ監督、アキ・カウリスマキ監督など、世界の名だたる鬼才たちが作品を通して小津監督へのリスペクトを表明しています。

そして2022年のヴェネチア国際映画祭で『風の中の牝雞』が、2023年のカンヌ国際映画祭では『長屋紳士録』、ヴェネチア国際映画祭では『父ありき』が上映されるなど、国際的な場で今なお小津作品はスクリーンを彩り、新たな才能を刺激し続けています。

小津監督についてはこちらのページでも詳しく解説しています。

2023年に生誕120年、没後60年を迎える小津安二郎

小津安二郎監督は1903年12月12日に東京、深川に生まれ、還暦を迎えた1963年の誕生日に世を去りました。2023年は、この名匠の生誕120年、没後60年。これを記念した、さまざまなイベントが続々と催されています。上半期から多彩なイベントが実施されてきましたが、今後も作品の記念上映はもちろん、展示や講座、放送配信などが予定されており、2023年の今、小津安二郎の名が再び大きくクローズアップされています。

没後60年を経て、なお多くのフィルムメーカーに敬愛される名匠。そこには、時を経ても鮮度を失わない映像表現の革新性がありました。そんな小津監督の映像魔術を知りたい方は、イベントに足を運んでみてはいかがでしょう?

松竹担当者が選ぶ小津安二郎監督の映画作品5選

戦前のサイレントの時代から、小津監督は多くの映画を撮り続けてきました。ここでは国際的な評価がグングンと高まっていた戦後の作品の中から、松竹担当者が5作品を厳選。まずはこれらの映画から、小津作品への“旅”を始めてみましょう。

1. 東京物語(1953年)

小津監督の代表作にして、世界の映画史に名を刻む不朽の名作。尾道に住む老夫婦が上京し、子どもたちの家庭を訪ねて歩く。しかし最初は歓迎されても、少しずつ疎まれていく現実。戦死した息子の未亡人だけが、親身になって世話をしてくれた。やがて夫婦は尾道に戻るが……。

戦後日本の家庭の在りようをとらえ、時代の変化とともに失われていくものを、哀愁とともに描出。さらに人間の孤独感や死生観を取り込み、ラストでは尾道の海の風景の寂莫とした景色も手伝い、深い余韻をあたえてくれる。

尾道をラストの舞台に据えたのは、小津監督が志賀直哉を敬愛しており、その代表作である「暗夜行路」の舞台も尾道であったから。ロー・ポジションの固定カメラを多用して家族の風景をとらえる、落ち着いた映像世界も小津監督ならでは。とにもかくにも、一生に一度は見ておきたい逸品。

作品情報

公開(年):1953年

ジャンル :人間ドラマ

監督   :小津安二郎

キャスト :原節子、笠智衆、東山千栄子、山村聰、香川京子、杉村春子

上映時間 :135分

『東京物語』が公開された1950年代の松竹おすすめ映画はこちらの記事で詳しく紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。

▼邦画(日本映画)の全盛期!1950年代の映画史と松竹作品15選

 

2. 長屋紳士録(1947年)

長屋紳士録

大戦からの復員後、小津監督が戦後最初に手がけた人情喜劇。坂本武扮する“喜八”を主人公にした戦前の連作喜劇の延長線上にあるが、喜八は本作では脇役で、飯田蝶子扮するおたねが主人公となる。東京の長屋に連れて来られた、迷子の幼い子ども。夫や子どもと死別したおたねは嫌々ながら、この少年を世話するハメになる。少年が父と住んでいたという茅ヶ崎を訪ねるも、親は見つからず。やむをえず一緒に暮らすうちに、この少年の存在は、おたねや長屋の住人に明るい空気をもたらすようになるのだが……。

戦前の小津作品に通じる温かいユーモアを漂わせながら、疑似家族のようになっていく人々の人情を浮き彫りに。終戦直後ということもあり東京には焼け野原もあったが、小津監督はそれをカメラに収めつつ、厳しい時代の中でも朗らかな子どもの明るさを描き出している。

作品情報

公開(年):1947年

ジャンル :喜劇

監督   :小津安二郎

キャスト :飯田蝶子、青木放屁、小澤榮太郎、吉川満子、坂本武、河村黎吉、笠智衆

上映時間 :72分

 

3. 晩春(1949年)

晩春

英国映画協会(BFI)による「評論家が選ぶ史上最高の映画」の2012年版で『東京物語』が3位に選ばれたのは前述のとおりだが、小津作品でもうひとつ、15位にランクインしたのがこの作品。

主人公は鎌倉でふたり暮らしをしている、妻に先立たれた大学教授の父、周吉と27歳の娘、紀子。周吉は娘を嫁がせたいが、紀子は父の世話をする毎日を楽しんでおり、そんな気持ちになれない。ある日、周吉は紀子に再婚する意思を伝える。再婚を不潔なものと思い込んでいた紀子は複雑な気持ちを抱えて、叔母が持ちかけたお見合いの話を受ける……。

この後遺作まで続いた脚本家、野田高梧との再タッグ、ロー・ポジションのカメラ、家族間の別れなど、後期小津作品の方向性を決定づけたホームドラマ。京都旅行に出かけた父娘が枕を並べて眠る場面では床の壺が映り込むショットがあり、その解釈をめぐって論議を呼んだが、言葉少なく親子の感情の機微を伝える名シーンであることに疑問の余地はない。

作品情報

公開(年):1949年

ジャンル :人間ドラマ

監督   :小津安二郎

キャスト :笠智衆、原節子、月丘夢路、杉村春子、青木放屁

上映時間 :108分

 

4. 秋刀魚の味(1962年)

小津作品の要素が詰め込まれた集大成ともいうべき遺作。『晩春』と同様に娘を嫁がせる父の物語だが、そこに“老い”という要素も加わり、ドラマは深みが増した感もある。

長男が家庭を持ち、自宅では長女や次男と不自由なく暮らす大企業の重役、周平。クラス会で再会した老師が婚期を逃した娘と暮らしていると知った彼は24歳の長女、路子の未来が急に不安に思えてくる。路子に結婚を進めるものの、彼女にその気はないようだ。どうやら路子には密かに恋心を抱いている相手がいるようで……。

周平と友人たちの交流は喜劇調で、娘役の岩下志麻の快活な個性も生きているが、それだけに父親の孤独感は胸に迫るものがある。本作の撮影前に、小津監督は最愛の母と死別している。それを踏まえて観ると、淡々とした中にも悲痛さを覗かせる、周平役の笠智衆の姿に凄みを覚えるだろう。

作品情報

公開(年):1962年

ジャンル :人間ドラマ

監督   :小津安二郎

キャスト :岩下志麻、笠智衆、佐田啓二、岡田茉莉子、吉田輝雄、三上真一郎、杉村春子、加東大介

上映時間 :113分

 

5. 秋日和(1960年)

秋日和

小津監督は“父と娘”というテーマを好んで取り上げたが、珍しく“母と娘”をモチーフにしたのが本作。亡き夫の七回忌を終えた未亡人、秋子は適齢期の娘、アヤ子とふたり暮らし。亡父の友人3人組はアヤ子に花婿を見つけてやろうと躍起になるが、母を気遣う彼女にその気はなかった。ならば、まず秋子を再婚させようと企んだ3人組だったが、これが誤解を呼んで秋子とアヤ子の親子関係が気まずいものになってしまう……。

それまでの小津作品では娘役だった原節子が母親に扮し、司葉子が娘役をみずみずしく演じた。恋愛騒動を引き起こす男たちのキャラに小津監督の喜劇演出が映える。ドラマは陽性のトーンで展開するが、そこは小津作品、母と娘の旅行の場面では胸にシミるものが。このような抑揚の妙こそ、『東京物語』の後も進化し続けた小津演出の円熟味ではないだろうか。

作品情報

公開(年):1960年

ジャンル :人間ドラマ

監督   :小津安二郎

キャスト :原節子、司葉子、佐田啓二、岡田茉莉子、笠智衆、佐分利信

上映時間 :128分

『秋日和』が公開された1960年代の松竹おすすめ映画はこちらの記事で詳しく紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。

▼1960年代は名作邦画(日本映画)の宝庫!?昔を振り返る松竹作品15選

細部にこだわった小津安二郎映画は、自宅でじっくり楽しもう

名作と呼ばれる作品は、観る度に新たな発見があるもの。とりわけ、小津作品は構図やアングルから小道具や美術などの画面に映るものまで、こだわりが貫かれており、見直すほどに“気づき”があります。DVDや動画配信で観ることの利点は、そんなディテールをじっくりチェックしながら観ることできることでしょう。もちろん初めて小津作品を観る方には、ドラマが心の深い部分に語りかけてくるはず。ぜひ自宅で、じっくりと楽しんでみてください。

まとめ

小津作品には他にも多くの名作があります。原節子を主演に迎えた『麦秋』や初めてカラーで撮影した『彼岸花』、庶民生活の快活な描写が魅力の『お早よう』など、心の琴線に触れるドラマがズラリ。生誕120年、没後60年というアニバーサリーイヤーを迎え、小津安二郎の名を耳にする機会は今後ますます増えてくるでしょう。この機会に、近代日本の原風景をとらえてきた巨匠の作品に触れてみては?

この記事を書いた人

相馬学

1966年、秋田県生まれ。情報誌の編集を経てフリーライターとなり30年。「SCREEN」「DVD&動画配信でーた」などの雑誌や劇場パンフレットなどの紙媒体、「シネマトゥデイ」「ぴあ映画生活」「CINEMORE」「Re:minder」などのインターネット媒体で取材記事やレビュー、コラムを執筆。

※おすすめ作品は松竹の担当者が選びました。

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